FIPは31日、デンマークのコペンハーゲンで開催されている年会の開会にあわせて、薬局や薬剤師、薬学の役割やグローバルヘルスの目標達成に向けた戦略を概説した、薬学に関するグローバル状況報告書2025(Global Situation Report on Pharmacy 2025 (GSRP))を公表しています。
【FIP 2025.08.31】
FIP publishes report on the global situation on pharmacy 2025 at its congress
https://www.fip.org/news?news=newsitem&newsitem=658
Global Situation Report on Pharmacy 2025 (GSRP)
https://www.fip.org/file/6352
この報告書は、WHOによるデータ、加盟団体からの貢献、ケーススタディを基に、世界労働力戦略である「2030アジェンダ」と国連の貧困を撲滅し、経済、社会、環境の3つの側面を調和させ、すべての人々の人権を実現し、誰一人取り残さないことを目指す17の「持続可能な開発目標(SDGs)」に沿って、薬学の実践、教育、科学、労働力を推進するための優先事項を概説しています。
報告書は、
- 強力なプライマリ•ヘルスケア(PHC)によるユニバーサル•ヘルス•カバレッジ(UHC)の達成のための薬局の役割
- 世界の薬剤師労働力:動向、課題、将来性
- 薬局を通じた public health と疾病予防の推進
- 人道危機と緊急対応における薬局の役割
- 薬局業務における持続可能性と気候変動対策
- 医療専門職と薬剤師の役割をまたいで行う協働的実践
- 薬局業務を通じた医薬品と患者の安全
- 医療のデジタル変革における薬局の役割
の8つのテーマに沿って構成、薬剤師は、持続可能な医療システムの中核を担い、グローバルヘルスの目標達成に貢献する重要な専門職であるとして、次のような課題や項目について世界のさまざまな取り組みを紹介しながらその展望について、まとめています。
以下、目に留まった部分について抜粋してみました。(誤訳があったらすみません)
1.薬剤師の役割の進化
薬剤師の役割は、対物から対人中心の public health 志向の職業へと進化しています。ワクチン接種や慢性疾患管理、緊急ケアの取組も行われていますが、薬剤師は「補助的」な提供者として誤分類されるなど、薬剤師の役割が過小評価され、政策的な障壁が存在しています。薬剤師の役割が未活用であり、医師に負担がかかっており、政策や規制が進化しないと、薬剤師の潜在能力は十分に活用されません。
2.薬局労働力の障壁と機会
薬局労働力には不足があり、特に低所得国や農村地域での課題が顕著です。また、労働力供給の圧力として、パートタイム勤務や移民政策、グローバルな薬剤師の移動と活用が影響しています。さらに、世界的に高齢化、ポリファーマシー、慢性疾患管理の需要が増加。また、新たな専門的役割に移行、特にCOVID-19パンデミックがその役割を加速させています。一方で、71%の国が薬学部の設置基準を満たしていない、給与の低さやキャリアパスの不明確さが課題となっています。
3.薬剤師の処方権の拡大
薬剤師による処方は、患者の転帰を改善し、患者のアクセス向上や医療システムの効率化に寄与することが示されています。英国、カナダ、ニュージーランドでは薬剤師の独立した処方が認められています。また、尿路感染症やホルモン避妊薬の処方などが試行されている国々もあります。
4.薬局におけるワクチン接種の拡大
薬剤師は、ワクチン接種の提供、管理、記録において重要な役割を果たしています。2024年には、117カ国のうち56カ国で薬局ベースの予防接種が行われており、これは2020年から65%増加となっています。薬剤師の予防接種における役割の拡大は、健康結果の改善に寄与しており、さらなる普及率向上には、法的枠組みの整備や専門職間の協力が必要です。
5.薬剤師の新たな役割と重要性
薬剤師は、刑務所、ホスピス、メンタルヘルス、スポーツファーマシー、デジタルヘルスなど従来の医療環境を超えて新しい実践環境で重要な役割を果たしています。これらの環境での薬剤師の役割は、患者の服薬管理や教育、医療サービスの提供に貢献しています。
6.非感染性疾患(Non-Communicable Diseases(NCDs)管理における薬剤師の役割
NCDは、2021年に4300万人以上の死亡を引き起こし、特に低中所得国での影響が顕著です。薬剤師は、健康教育、リスク評価、早期検出を通じてNCDの予防と管理において重要な役割を果たしています。具体的には地域薬局での血圧スクリーニングや糖尿病ケア、患者教育やデジタルツールを活用した健康管理を支援などがあります。
7.薬物療法のモニタリングと最適化
薬剤師は、薬物療法の安全性と効果を確保するためにモニタリングを行うことで、薬物関連の問題を特定し、適切なケアを提供しています。また服薬アドヒアランスをサポートし、薬物有害反応を予防しています。
8.薬物療法管理(Medication therapy management(MTM))の重要性
MTMには、薬剤レビュー、服薬調整、慢性疾患の長期的なサポートが含まれ、慢性疾患を持つ患者に対する包括的な支援を提供しています。治療効果を確保し、薬物関連の危害を防いでいます。
9.生活習慣改善とセルフケア支援
薬剤師は、栄養や身体活動に関する指導、行動変化のをサポートなど、患者のセルフケアを支援し、生活習慣の改善を促進します。
10.患者教育とカウンセリングの役割
薬剤師は、一対一またはグループ介入を通じてくすりリテラシーを向上するなど、患者教育やカウンセリングを通じて、病気の理解を深めます。
11.公衆衛生の促進における薬剤師の役割
薬剤師は、禁煙や肥満予防に関する啓発活動などを通じて、ヘルスプロモーションを促進し、コミュニティレベルでの健康行動を強化します。
12.薬局の人道的危機と緊急対応における役割
トルコの地震や日本の地震において、薬剤師が大規模に動員され、供給チェーンの管理や医薬品の供給を支援し、緊急時の医療支援を行うなど、災害や緊急事態において重要な役割を果たしています。
13.専門職間の協働実践の重要性
多職種チームの一員として、薬剤師は患者の安全を確保し、医薬品の適切な使用を促進する重要な役割を担っています。一方で、医療エラーや副作用の報告を迅速に行うためのプロトコルを確立する必要もあります。また、医療システム全体での協力的なアプローチのために、明確な役割を定義することや支援ための政策も必要です。
14.ジェンダー平等と女性のリーダーシップ
薬剤師業界における女性のリーダーシップの向上は、医療システムの強化に不可欠です。現在、世界の薬剤師の65%が女性で、2030年までに69%に達すると予測されています。一方で、リーダーシップには依然として男女の不均衡が存在しています。性別に基づくバイアスや文化的規範が、女性のリーダーシップの発展を妨げている現状もあります。女性のリーダーシップを育成するためには、メンターシップや教育機会の拡充が必要です。
15.職場環境の最適化
世界的な医療ニーズの変化に伴い、薬剤師の役割が拡大しています。薬剤師にとっての最適な職場環境は、高品質な患者ケアと職務満足度を確保するために不可欠であり、医療システムのニーズに応じた戦略的なアプローチが求められています。具体的には、適切な人員配置、管理可能な業務量、十分な休憩の機会などが必要となります。
16.デジタルヘルスにおける薬剤師の役割
デジタル技術が薬剤師の業務を変革し、患者ケアの質を向上させています。また、デジタル変革は、薬局の業務効率を向上させることが期待されています。さらにはデジタルツールの導入により、抗菌薬の適正使用やワクチン接種サービスの向上が実現されています。デジタルヘルスの導入には、体系的な教育と専門能力開発も急務です。
それぞれの項目では、本ブログでも紹介してきた、予防接種、軽度疾患への対応、薬剤師による処方、医薬連携など、これまで分野ごとに報告書として伝えられていた世界のさまざまな事例がまとめられています。
個別の取組については、抜粋して記事化を検討しています。
みなさんどうでしょう。日本でも薬物療法のモニタリングと最適化や薬物療法管理などの実践があるとは思いますが、日本の薬局、薬剤師、そして職能団体は世界標準としてのこれらの課題について、どれだけ組んでいるでしょうか?
目立たない、知られていなかった、伝えられていなかったということもありますが、実際、本報告書で日本の事例として出てきたのは、災害対応とブラウンバッグ運動だけでした。
職能団体や薬学教育においては、薬剤師や(地域)薬局、そして薬学は何のためにあるのかを踏まえた役割や展望を示してもらいたいものです。
2025年09月03日 16:19 投稿