男性型脱毛症の治療薬としても広く処方されているフィナステリドですが、投与中止後も持続するうつ病、不安、自殺念慮などの重篤な神経精神症状を引き起こす可能性が長年疑われてきていることは本ブログでもたびたび紹介しているところです。
この研究はこの疑念を裏付ける証拠を系統的に検証し、認識が遅れた理由を分析したものです。
【J Clin Psychiatry 2025 Sep 22】
Failing Public Health Again? Analytical Review of Depression and Suicidality From Finasteride
https://www.psychiatrist.com/jcp/analytical-review-depression-suicidality-finasteride/
研究者らは2017年から2023年にかけて実施された8つの主要な研究のデータをレビュー。
次のようなことが明らかになったそうです
現在のエビデンスは、フィナステリドの使用がうつ病や自殺傾向を引き起こす可能性を示している。
また、過去の文献レビューにより、研究エビデンスと規制措置の間に隔たりがあることが明らかになった。
減量薬や精神科薬のように市販後厳格な監視を受ける医薬品とは異なり、フィナステリドの美容目的(the drug for cosmetic purposes)という位置付けが、より深い監視を免れる一因となった可能性がある。
生物学的根拠は明確だ。フィナステリドはテストステロンからジヒドロテストステロン(DHT)への変換を阻害することで作用するが、その際に、脳内の気分調節に関連するアロプレグナノロンなどの神経ステロイドの働きも阻害する可能性がある。動物実験では、神経炎症や海馬構造の変化に長期的な影響を及ぼすことが示されている。
フィナステリドのような薬剤の承認・監視・処方方法について、早急な見直しを求める。これには、安全性が再確立されるまで美容目的(cosmetic medicine)での販売停止、厳格な管理を伴う承認後調査の義務化、自殺調査における薬剤使用歴の体系的な記録も含まれる。
研究者らは、医薬品安全性監視の組織的な欠陥があるとして、これまでの各国当局の対応を厳しく指摘、医薬品を市場に承認する前に、規制当局は製造業者に対し、承認後の継続的な分析研究の実施と情報開示を義務付けるべきであり、これによりこの要件は確実に履行される必要があるとしています。
また研究者らはプレスリリース(→Eurekalert!)で、次のように述べています。
数百万件もの患者記録と強力な医薬品安全性監視ツールにアクセスできたにもかかわらず、適切なタイミングで行動を起こしませんでした。エビデンスはもはや逸話的なものではなくなりました。多様な集団において、一貫したパターンが見られるようになりました。そして、その結果は悲劇的なものだったかもしれません。
EMA(欧州医薬品庁)では、TOPICS 2025.05.08 で紹介したと通り、既に副作用として自殺念慮(自殺念慮)を確認したとして、各国に対応を求めています。
また、仏当局のANSMでは先ごろ、新たにフィナステリド1mgに関連するリスク、特に自殺念慮のリスクを軽減するための研究を開始したと発表しています。
Finastéride et risque d’idées suicidaires : nouvelles mesures
(ANSM 2025.09.25)
https://ansm.sante.fr/actualites/finasteride-et-risque-didees-suicidaires-nouvelles-mesures
BNPV(仏国家医薬品安全性監視データベース)によれば、うつ病、自殺念慮、自殺未遂、自殺といった精神疾患、単独または性障害に伴う110の事例が確認されている
10人中3人近く(29.1%)の患者が、日常生活、仕事、家族関係に重大な影響があったと報告している。
これらの患者の半数(56例)では、治療を中止したにもかかわらず、BNPVに有害事象が報告された時点で、精神障害や性機能障害は解決されていなかった。
下記報告書で分析したデータによると、これら56例のうち、半数の患者は約3年後も、また25%の患者は8年以上後も、依然として障害を抱えていた。
これらの患者に報告された持続的な障害は、現在も続いている可能性がある。
Rapport d’enquête de pharmacovigilance du CRPV de Limoges
(リモージュCRPVによる医薬品安全性監視調査報告書 2025.09.25)
https://ansm.sante.fr/uploads/2025/09/25/20250925-rapport-expertise-pharmacovigilance-finasteride.pdf
ANSMでは、この調査結果をも踏まえ、現場の医師や薬剤師に対し、次のような対応を求めています。
医師の対応
- フィナステリド治療を受けている患者の気分変化や性的障害の出現を注意深く観察してください。
- 患者に気分変化、抑うつ状態、うつ病、自殺念慮が認められた場合は、フィナステリドの投与を中止してください。
- 患者が性機能障害やその他の副作用の出現について言及した場合は、治療を継続するか中止するかを検討してください。これらの性機能障害は、自〇念慮を含む気分の変化の一因となる可能性があることを留意して下さい。
- フォローアップ診察のたびに、治療継続の妥当性を系統的に再評価し、耐容性が良好であることを確認してください。
薬剤師の対応
- フィナステリド治療を受けている患者が精神的な問題(悲しみ、不安、疲労、集中力の低下など)を訴えた場合は、治療を中止し医師に相談するようアドバイスしてください。
- フィナステリド治療を受けている患者が、性機能障害やその他の副作用の出現について言及した場合は、治療を継続するか中止するかを判断するため、医師に相談するよう勧めてください。これらの性機能障害は、気分変動や自殺念慮の原因となる可能性があることを留意して下さい。
果たして、日本ではこういった潜在的リスクの把握と対応がどれだけ行われているでしょうか?
参考:
Why are we still ignoring suicide risk of a hair-loss drug?
(EurekAlert! 2025.09.28)
https://www.eurekalert.org/news-releases/1100063
関連情報:TOPICS
2025.05.08 フィナステリドおよびデュタステリドを服用時は自殺念慮リスクへの留意が必要(EMA)
2025.04.27 フィナステリド等による性機能障害や精神障害の潜在的リスク(仏)
2012.07.17 フィナステリドによる性機能不全は中止後も持続する?
2025年09月30日 11:57 投稿