診察や治療を受けるまでの待ち時間の長さなどが課題になっていた、NHS(国営医療サービス)について、英国政府は7月3日、NHSに関する10カ年計画を公表しています。
【英国政府・保健省 2025.07.03】
Policy paper
10 Year Health Plan for England: fit for the future
https://www.gov.uk/government/publications/10-year-health-plan-for-england-fit-for-the-future
Fit for the future: the 10 Year Health Plan for England (easy read)
https://www.gov.uk/government/publications/10-year-health-plan-for-england-fit-for-the-future-easy-read/fit-for-the-future-the-10-year-health-plan-for-england-easy-read
計画では改革の柱として、次のの3つを掲げています
- 病院からコミュニティへ:あなたを中心に設計された地域保健サービス
- アナログからデジタルへ:あなたの手に力を
- 病気から予防へ:健康的な選択をする力を
1点目については、少なくとも1日12時間、週6日間営業する地域保健センターの開設を打ち出しています。このセンターは、看護師、医師の他、ソーシャルケアワーカー、薬剤師、保健師、緩和ケアスタッフ、救急隊員などのスタッフがチームで対応、また、地域保健ワーカー(Community health workers)とボランティアはもれらのチームにおいて重要な役割を果たすとしています。(現時点でこれらの地域センターに勤務する薬剤師として、具体的にどのような薬剤師が関わるのかは不明)
そして地域住民は、community outreach door-to-door といった革新的な取り組みを試行することが推進され、病気の早期発見や、GPや救急外来への負担が軽減され、これにより診断、メンタルヘルス、術後ケア、リハビリ、看護を人々の身近な場所で提供されるとしてます。
2点目は、医療のデジタル化の目玉を掲げ、NHSアプリを刷新し、医療アドバイスや予約、処方箋の依頼、ワクチン予約、医療データの管理を網羅すことで「NHSへの玄関口」とするとしています。
また、医師の診察記録にAI(人工知能)技術を活用することで患者のケアにより多くの時間を割けるようにするとしています。
3点目は健康維持をサポートとする施策で、具体的には次のような例を示しています。
- 電子タバコやその他のニコチン製品の広告とスポンサーシップも停止
- 肥満対策として、子供を対象としたジャンクフードの広告を制限し、16歳未満への高カフェインエナジードリンクの販売を禁止し、ソフトドリンク業界への課税
- アルコール表示に関する新たな基準を導入し、有害なアルコール消費に対処
- 無料の学校給食を拡大し、すべての学校が健康的で栄養価の高い食事を提供できるように学校給食基準を更新する
- 減量薬における最近の画期的な進歩を活用し、NHS(国民保健サービス)を通じてアクセスを拡大
- 学校や大学におけるメンタルヘルス支援チームを拡大し、ヤングフューチャーハブを通じて子どもや若者のメンタルヘルスに対する追加支援を提供
- 2040年までに子宮頸がんを撲滅すると最終目標を支援するために、学校を卒業した若者の間でヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンの接種率を高める
報告書では地域薬局・薬剤師の役割について、次のように記しています(報告書37ページから)
薬局は、地域保健サービスにおいて重要な役割を担い、街の中心部に医療を提供します。これは他の国々における改革の方向性であり、私たちが学ぶべきことは数多くあります。
例えば、カナダの‘Pharmacy Care Clinics’は、軽度の病気から慢性疾患の管理まで、幅広いサービスを提供しています。患者の選択肢と利便性を向上させるだけでなく、薬局の役割を拡大することで効率性が向上し、財政の持続可能性を支えられるという強力な証拠が今や存在します。
今後5年間で、コミュニティ薬局は、医薬品の調剤を中心としたものから、地域保健サービスに不可欠なものへと移行し、より多くの臨床サービスを提供します。コミュニティ薬剤師が独立して処方できるようになるにつれて、慢性疾患の管理、複雑な投薬計画、肥満、高血圧、高コレステロールの治療における役割を拡大していきます。
また、ワクチン接種や心血管疾患および糖尿病のリスクスクリーニングにおける役割を拡大することで、コミュニティ薬局の予防における役割を拡大します。
最終的には、コミュニティ薬局は単一患者記録(SPC)に安全に接続され、シームレスなサービスを提供できるようになるとともに、一般開業医は患者管理を把握できるようになります。
薬剤師は、女性のための迅速で便利な医療へのアクセスを改善するという私たちの目標において、重要な役割を果たすでしょう。
今年末までに、緊急ホルモン避妊薬を地域の薬剤師から無料で入手できるようにする計画をすでに発表しています。
2026年からは、子宮頸がん撲滅の目標達成に貢献するため、学校でヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種を受けられなかった女性や若者が、地元の薬局でワクチン接種を受けられるようになります。
現在、生活必需品の多くは自宅に直接配達されています。医薬品も例外ではありません。本計画の前半では、医薬品の調剤方法を近代化し、調剤ロボットやハブアンドスポークモデルなど、利用可能なテクノロジーをより有効に活用します。21世紀にふさわしい医薬品の調剤方法を近代化するための提案について、業界や一般市民と協議していきます。
‘Pharmacy Care Clinics’の部分についての引用論文
Pharmacist-led minor ailment programs: a Canadian perspective.
(Int J Gen Med. 2016 Aug 10;9:291–302)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4987077/
英国の業界紙ではこの計画についてさまざまな記事を掲載しています
英国の業界紙は昨日の英政府の発表で持ち切り
いずれこれが、地域薬局・薬剤師の役割として世界標準になっていくと思う【英保健省 2025.07.03】
Policy paper
10 Year Health Plan for England: fit for the futurehttps://t.co/0jtdRDs5fLhttps://t.co/6Tz244DeC5— 小嶋 慎二@community pharmacist (@kojima_aponet) July 3, 2025
また動画をYoutubeに投稿し、調剤ロボットでテクノロジーを活用することや地域薬局・薬剤師の活用を紹介しています。
Your local pharmaist will be able to treat more condition directly
This means fewer trips faster care
10 Year Health Plan: Making the NHS fit for the future
一方、 今回の発表について、英国民の受け止めは分からりませんが、策定にあたっては、日本のような厚労省官僚にとって都合のいい有識者を集め、そういった一部の人たちの考えだけで医療政策を決めるのではなく、現場や国民のさまざまな声を聞いて策定したという手法がとられています。
住民・患者参加による今回の政策決定については、日本は学ばないといけないと思います。
Our Change NHS
https://change.nhs.uk/en-GB/
今回の選択は、NHSの歴史上最も大規模な議論に基づいて行われました。この8ヶ月の間、私たちは数千人の職員と一般市民とともに話し合い、“Our Change NHS”ウェブサイトに寄せられた25万件のアイデアを検討してきました。結論は明確でした:現状を維持する人は誰もいません。職員と患者は変化を強く求めているのです。
下記は、計画決定までを紹介した動画です。これなら国民は納得するかもしれないですね。
医療提供体制を決めるにあたって、厚労官僚と医師会が牛耳っている日本ではこういったやり方での政策決定は難しいと思います。
10 Year Health Plan: The Story of Change NHS
最後にこの計画において、次のような話が話題になりました。 今回の計画では具体的に示されませんでしたが、行動としてはありうるとの見方がされています。
薬剤師にNHSでオゼンピックを処方する権限が与えられる可能性がある。 木曜日に、国民の健康向上を目的とした10か年計画の一部として、首相から発表される見通し。 【Telegraph 2025.06.29】 Pharmacists may be handed power to prescribe Ozempic on NHShttps://t.co/Keho9OGHBj… — 小嶋 慎二@community pharmacist (@kojima_aponet) June 30, 2025
参考:
PM launches new era for NHS with easier care in neighbourhoods
(英国政府 2025.07.02)
https://www.gov.uk/government/news/pm-launches-new-era-for-nhs-with-easier-care-in-neighbourhoods
英政府、国営医療サービスに関する10カ年計画公表、健康を害するたばこ、食品、飲料の規制を強化
(JETRO 2025.07.07)
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/07/ec2d816c2a32b11f.html
NHS改革へ10カ年計画公表 英、デジタル化や予防医療に軸足
(NNA EUROPE 2025.07.04)
https://europe.nna.jp/news/show/2812784
2025年07月08日 15:47 投稿
今回のNHS 10-year planについて、英国王立薬剤師会(Royal Pharmaceutical Society)のコメントが出ています
歓迎の一方で、きちんと問題点や課題も示しています
RPS comments on NHS 10 Year Plan for England
(RPS 2025.07.04)
https://rpharms.com/about-us/news/details/rps-comments-on-nhs-10-year-plan-for-england
この計画に基づき、適切に投資と薬局チームが地域保健サービスに統合されることで、薬剤師チームは国民の健康状態の改善、予防のサポート、NHS全体でのより良いケアの実現において変革的な役割を果たすことができます。
この計画が薬局の臨床的役割の拡大に焦点を当てていることを嬉しく思いますが、その実現には支援され、スキルを備えた人材が不可欠です。すべての分野の薬剤師への投資は、患者にとって安全で公平かつアクセス可能なケアを確保するために不可欠です。
地域社会や近隣地域へのケアの重視は支持しますが、そのために病院薬局サービスへの投資が犠牲になってはなりません。
例えば、無菌インフラは専門的ながんケアや臨床試験の提供に不可欠であり、増大する需要に対応するため優先的に整備する必要があります。同様に、電子処方システムの導入の遅れは、病院における生産性と患者安全を妨げています。二次医療への投資削減は、意図しない結果をもたらし、患者ケアに悪影響を及ぼす可能性があることを懸念しています。
MHRAとNICEが医薬品の承認のための共同タスクフォースを設置する計画は歓迎すべきものです。政府が今後策定するライフサイエンス戦略において、薬剤師が新たな治療法を提供し、革新的な医薬品の有効活用を支援するためのリソースと支援策を概説することを期待しています。
単一のフォーミュラリーを確立することで、コスト管理を改善し、医薬品のアクセスにおける地域格差の是正に役立ちます。画一的なアプローチは柔軟性を低下させるため、臨床医が個々の患者の利益のために独自の判断を下すための自主性を維持することが不可欠です。
一方、英製薬業界は今回のNHS 10-year planについて、医薬品が健康に与える影響や社会的、経済的利益が認められているものの、医薬品に対する政府の投資を増やすという約束はないと懸念を示しています
ABPI response to NHS 10-Year Health Plan
(The Association of the British Pharmaceutical Industry 2025.07.03)
https://www.abpi.org.uk/media/news/2025/july/abpi-response-to-nhs-10-year-health-plan/
その他、関連団体もこちらの記事でコメントを寄せています。
What does community pharmacy make of the NHS 10-year plan?
(The Pharmacist 2025.07.07)
https://www.thepharmacist.co.uk/news/what-does-community-pharmacy-make-of-the-nhs-10-year-plan/