セックスレスの増加など、日本人の性的活動の不活発さが指摘される今日ですが、この論文はその背景について検討した総説です。
これまで、おおよそ言われていたことですが、Sexual Health(性的健康) を考える上で重要な問題提起だと思います。
【J Sex Res. 2025 Oct 2】
Sexual Inactivity in Japan: A Scoping Review
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00224499.2025.2564192
過去50年間の38の書籍・文献などを基に様々な視点でレビュー
性欲や性的興奮を感じながらも、日本の成人人口のかなりの割合で性的な関係を持つことに興味がない人が存在するなど、アセクシュアリティ(無性愛)、性欲の低さ、性的関係への関心の低さがある。
この結果、性的活動の不活発さや経験不足が一般的となり、特に若年成人において増加傾向にある。
研究者らは日本における性行為不活発の潜在的な原因として次のような仮説を挙げています。
1.社会経済的要因と結婚
結婚相手としてふさわしい人物像に関する規範によってさらに複雑化している可能性がある。
日本の結婚市場や婚活に関する議論では、特に男性の場合、結婚相手の収入、学歴、職業(いわゆる「スペック」)に多くの焦点が当てられている。
社会経済的地位の低さや、パートナー市場における願望や結果には共通の決定要因(性格、価値観、容姿、心身の健康状態など)があるかもしれないが、日本の男性間の社会経済的格差は性行為の格差につながる可能性がある。
2.性的不活動の文化的枠組み
性的に活動しない独身者への社会的な受容と、それに伴うトレンドの拡大がある。
また今日、男性の性欲減退の可能性ばかりが焦点が当たっているが、性的活動への低関心または無関心の指標のほとんどは、男性よりも女性に多く見られている。
これは、女性が現在の異性間性行為(heterosexual practices)に満足感や快感の面で不足していると感じていることが考えられる。
3.Fictosexuality(フィクトセクシュアリティ、架空のキャラクターへ性的に惹かれるセクシュアリティ)と Pseudoromanc(疑似恋愛)
「推し」などのサブカルチャーは、現実世界でパートナーを見つけるのが難しい個人に、パートナーとの親密な関係の代替手段を提供していると解釈できる。
思春期に疑似恋愛を追求することは、パートナーとの性行為のない人生を歩むことにつながる可能性もある。
欧米ではこれに対し、インセル(異性との交際や性的関係が長期間なく、結婚を諦めた結果としての独身)呼ばれる男性のサブカルチャーが大きな注目を集めているが、日本ではこれに相当するものは見当たらなかった。
人工知能と仮想現実の今後の発展が予想される中、架空のキャラクターとの性的・親密な関係に興味を持つ人口の割合を今後評価することが必要。
多くの独身者が性的関係への関心が低いこと、そして.Fictosexual(架空性愛)のサブカルチャーが顕著かつ確立されていることから、今後数年間で日本においてフィクトセクシャル関係がますます一般的になる可能性もある。
4.性に対する抑圧的な態度と性的健康への関心の欠如
古代日本の神話では性はオープンに描かれていたが、その後の仏教や儒教の影響、西洋文化との接触によって性に対する抑圧的な見方が育まれ、それが日本の性教育に反映されていると指摘されている。
特に2000年代初頭以降、日本の性教育をめぐって論争が巻き起こっており、性感染症や性のネガティブな側面に重点が置かれがちな日本の性教育の近代化を求める声も上がっている。
性行為や性教育に対する抑制的な態度は、日本の女性の間で公的医療保険でカバーされていない子宮内避妊器具や経口避妊薬の使用率が低いことにも反映されているかもしれない。
若い成人女性向けのヘルスケアの提供やヘルスケアに関する議論の多くは、避妊、Sexual Health(性的健康)、ウェルビーイングよりも、生殖と妊孕性に焦点を当てており、こういったことが特に女性の間で、Sexual Health(性的健康)と幸福に関する意識の低さにつながっている
これらの問題に対する支援へのアクセスの制限が、セックスへの関心を低下させ、性的問題に対処しないままにして、性的不活動の一因となっている可能性がある。
5.長時間労働、家事や育児
多くの職場で蔓延している厳しい労働文化や、男性の約30%、女性の約15%が週50時間以上働いているとされている長時間労働に加え、性的関係を形成したり配偶者と性的に活発になることに対するさらなる障壁となる可能性がある。
日本のジェンダー規範は、男性が経済的支柱となるべきである一方、女性は家事や育児の主たる責任を負うべきだという期待を強めている。
また女性においては結婚や出産に伴うキャリア機会の喪失もこれに拍車をかける。
こうした規範は、経済的支柱となり得る男性の数が限られていることや、要求水準の高い労働文化と相まって、一部の女性が性的・恋愛関係の構築や配偶者との性行為を控える要因となり得る。
研究者らは、仮説として今回提示される原因について、必ずしも日本に特有ではないとしながらも、これら複合的な影響は他国よりも日本で顕著である可能性があるとしています。
なおこの論文はThe Journal of Sex Research 誌の特集号の総説として掲載されています
ANNUAL REVIEW OF SEX RESEARCH SPECIAL ISSUE
(J Sex Res.)
https://www.tandfonline.com/toc/hjsr20/0/0
2025年10月03日 16:26 投稿