スタチンの効果はLDL-C低下によるものだけではないかもしれない

 高脂血症の治療意義について、これまでは『高LDL-C値→心臓血管病リスクが高い→スタチンの投与』というのが定説でしたが、このほど、リスク要因は高LDL-C値ではなく、Hs-CRP(高感度C反応性タンパク:high-sensitivity C-reactive protein)の高値が関与する可能性があるとした研究の結果が米国心臓病学会及び論文で発表され、大きな話題になっています。

Rosuvastatin to Prevent Vascular Events in Men and Women with Elevated C-Reactive Protein
 (N Engl J Med 2008; 359: DOI: 10.1056/NEJMoa0807646)
 http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMoa0807646

AHA: JUPITER Results Point to Role of Statins for ‘Apparently Healthy’ Patients
 (Medpage TODAY 2008.11.9)
 http://www.medpagetoday.com/MeetingCoverage/AHA/11684

アストラゼネカ社プレスリリース2008年11月10日
 http://www.astrazeneca.co.jp/activity/press/2008/08_11_10.html

 この研究は、心臓病の既往歴のない、LDL-C値130未満かつHs-CRP値が2.0mg/l(ロスバスタチン投与群平均4.2mg/l・非投与群4.3mg/l)以上の50歳以上の男性及び60歳以上の女性17,802人(平均年齢66歳、平均血圧 134/80、平均LDL-C値108、平均HDL-C値49、平均TG値118、T-C値投与群186・非投与群185、BMI値は28.3で、41%が米国のメタボリックシンドロームの診断基準に該当)を対象に世界26カ国で行われた “JUPITER trial”(the Justification for the Use of Statins in Prevention:an Intervention Trial Evaluating Rosuvastatin)という二重盲検ランダム化比較試験で、ロスバスタチン(クレストール)を20mg/日投与した群としない群に分けて、6ヶ月ごとに追跡調査しています。(2008年3月に前倒しで試験終了。本来なら2010年か11年までかかるとされていた。)

 一部の研究者からは以前より、心疾患の発症に炎症が大きく関わっているのではないかとの指摘があり、今回の臨床試験も、もしかすると現在広く使われているスタチンの効果はコレステロール値を下げることによるものだけではなく、炎症を抑えることにより発揮されるのではないかとの仮説を基に行われています。

 その結果、約1.9年後にはLDL-C値が50%低下(12ヶ月間で108→55)するとともに、Hs-CRP値も37%低下(平均2.2mg/l)し、心筋梗塞のリスクが54%減少、発作のリスクが48%減少、血行再建や不安定狭心症のリスクが47%減少したそうです。そして、これらを合わせた心臓血管病のリスクが47%、全ての死亡のリスクが20%減少したそうです。

 一方、ロスバスタチンというと以前より筋障害・腎障害などが多いとの指摘がありますが、今回の研究では、投与群と投与しなかった群では筋障害やがん発症、肝臓や腎臓への影響については有意差が見られなかった(実数はほとんどで投与群が多い)としています。なお、関連すると結論づけられないとしながらも、投与群の方が非投与た群に比べ、糖尿病の発症が多かった(投与群で270、非投与群で216、有意差あり)としています。 

 これまでの定説を覆すかもしれない今回の研究結果に対し、論文を掲載したN Engl J Med 誌などには多くのコメントが寄せられている他、コレステロール値が正常あるいは低めの患者であっても、CRPなどの炎症マーカー値が高ければ処方が必要ということにつながることから、各紙には専門家のさまざまな意見が掲載されています。

 とりわけ、よい結果が出たとして2年以上を残して臨床試験を途中で中止したことへの疑問は多く、長期的な安全性の確認が不十分との指摘が少なくない他、喫煙の影響や肥満との関連性が考慮されていないとの意見も示されています。

 Bloomberg紙によれば、今回の研究結果を受け、アストラゼネカ社は2009年前半にも、クレストールの高CRP患者への適応拡大の申請を行うだろうと伝えていますが、GE品が使用できる他のスタチンと比較し、1日あたり3.45ドルというのは決して安いコストとは言えず、さらに検査のためのコストもかかる(こちらも一般的なCRPの検査より割高とのこと)から、果たしてアスピリンのように、ロスバスタチン使用することが本当に必要かどうか疑問視する専門家も少なくないようです。

関連情報:薬害オンブズパーソン会議・注目情報2005年5月
    http://www.yakugai.gr.jp/attention/index.php?year=2005

参考:
Statin Might Help More People Fight Heart Disease Than Thought
 (HealthDay 2008.11.9)
  http://www.healthday.com/Article.asp?AID=621170
Study: Wider Cholesterol Drug Use May Save Lives
 (ABC News 2008.11.9 AP配信)
  http://abcnews.go.com/Health/wireStory?id=6215432
Crestor, by Jove… or Not(ABC News 2008.11.10)
  http://abcnews.go.com/Health/HeartDiseaseNews/story?id=6207285
Heart Disease: Not About Cholesterol?(Business Week 2008.4.15)
  http://www.businessweek.com/bwdaily/dnflash/content/apr2008/db20080414_688906.htm
日本語訳は、日経ビジネスオンライン(4月24日)に掲載されています
  http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20080423/154034/
ニューヨークタイムス 2008年11月10日
Bloomberg 2008年11月10日

11月10日 23:10更新


2008年11月10日 17:11 投稿

コメントが2つあります

  1. アポネット 小嶋

    N Engl J Med 誌ではこの論文及び論説に対して、26日までに読者からの意見を求めていますが、多くの国で課題となっている生活習慣病対策のあり方にかかわる問題ということもあり、すでに300近くのコメントが寄せられています。

    The JUPITER Trial: Will You Change Your Practice?(Clinilcal Directions)
     http://www.nejm.org/clinical%2Ddirections/jupiter%2Dstatins%2Dtrial/

    翻訳ソフトの力を借りながら目を通していますが、hc-CRP測定の意義を示した今回の研究そのものに対しては、注目に値するとしながらも、次のような厳しい指摘や疑問が投げかけられています。そのうちのいくつかを紹介します。

    ・アストラゼネカ社が資金を提供している点を考慮すべき。
    ・著者の一人がHc-CRP測定の特許を持っているが問題はないか。
    ・スタチンの効果として見るのであれば、高コストのロスバスタチンではなく、
     従来のスタチンで改めて臨床試験を行うべき(ジェネリックが使える)
    ・BMIが高い人にライフスタイルの見直しをしないでスタチン投与はおかしい。
     (今回のstudyの患者の対象は、本来であればBMI値が高くない人にすべきだった)
    ・アスピリンの使用・たばこ・運動・生活習慣などの考慮がされていない。
    ・1.9年での試験では、がんリスクの増加は比較できない。
    ・高用量のスタチンには、血糖を上昇させる可能性があるかもしれない。

    重要な問題について、こういった形でさまざまな意見が交わされる、海外の医学雑誌のすごさを感じるとともに、今後とも大きな波紋を呼ぶ論文になることを改めて感じました。

    日本では、名前を名乗って公開の場で意見を示すということがあまりないので無理かもしれませんが、例えば、医薬品のネット販売についてもこういった形で日薬などが賛否両論意見を交わす場を設ける機会ができなかったものだろうかと思いました。

  2. アポネット 小嶋

    アストラゼネカ社は3日、LDL-C値、高感度CRP値ともに低下すると心血管イベント発症リスクが65%減少する、プラセボ投与群に比べて静脈血栓塞栓症リスクを43%減少させるなどとして JUPITER trial の新たな解析結果を発表しました。

    第58回米国心臓病学会(ACC)年次学術集会アップデート
    LDL-C値、高感度CRP値ともに低下すると心血管イベント発症リスクが65%減少
    − クレストールJUPITER試験 −
    (アストラゼネカ社プレスリリース)
     http://www.astrazeneca.co.jp/activity/press/2009/09_04_02.html

    データは下記医学雑誌に掲載されています。

    Reduction in C-reactive protein and LDL cholesterol and cardiovascular event rates after initiation of rosuvastatin: a prospective study of the JUPITER trial
    (Lancet 2009; 373:1175-1182)
     http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(09)60447-5/abstract

    A Randomized Trial of Rosuvastatin in the Prevention of Venous Thromboembolism
     (NEJM Online First 2009.3.29)
     http://content.nejm.org/cgi/content/full/NEJMoa0900241v1

    高感度CRPとの関連を示唆した最初のNEJM 誌の論文(→リンク)を改めてみたところ、引用が非常に多くなっていて、また、この論文へのコメント(→リンク)も473に達していました。関心の高さが伺えます。

    関連記事:
    ACC: JUPITER Points to CRP as Independent Predictor of Outcome
    (Medpage TODAY 2009.3.29)
      http://www.medpagetoday.com/MeetingCoverage/ACC/13484