クレンブテロールとドーピング

 8日、都内で行われたスポーツファーマシストの基礎講習に参加しました。講習の内容は詳しく触れませんが、ドーピングの知識がまだまだ不十分であることを感じさせられました。

 今回の講習や最近のWEBニュースを見ていて、特に興味が深まったのはβ2作用薬のクレンブテロール(本邦商品名:スピロペント)によるドーピングの問題です。

 以前から、喘息などに用いるβ2作用薬がなぜドーピングになるのか不思議に思っていたのですが、β2作用薬には平滑筋弛緩作用の他に、交感神経刺激作用と蛋白同化作用による筋組織量の増加(β2受容体は骨格筋にも存在)が期待されるとのことで、このうちクレンブテロールについては動物において筋肉の増強作用も認められているそうです。(このためクレンブテロールは筋肉増強剤とみなされている)

 つまり、クレンブテロールを肥育目的として家畜に使用すれば、家畜の成長を促進し、肉を脂肪分を減らし、赤味を増やして、商品価値を高めることも可能なのです。

クレンブテロールの概要について
(食品安全委員会 2009.06.24 Update)
http://www.fsc.go.jp/sonota/clenbuterol.pdf

 Wikipedia→クレンブテロール

 このため海外では一部の国で、豚などの家畜に違法にクレンブテロールが投与(動物薬としても適正に使われることはあるらしい)されることがあり、この家畜の肉や肝臓を食べることによるヒトの中毒例も相次いで報告されています。最近の報道でも中国の事例が紹介されています。(中国の畜産関係者の間ではクレンブテロールを「痩肉精」というらしい)

朝日新聞2011.05.11
http://www.asahi.com/international/update/0509/TKY201105090371.html

食品汚染、中国国内はもっと深刻 (日経BP社・書評)
 http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/bookreview/34/index2.html

 日本では、2009年くらいまでは検疫でひっかかる輸入食品もあったようですが、現在ではきちんと検疫が行われており、汚染された肉を摂取することはまずないと思いますが、問題はスポーツ選手が海外の遠征先などで汚染された肉を知らずに食べて、検査でクレンブテロールが検出され出場停止処分されるという可能があることです。ドイツでは最近こういった実態から、中国に遠征する選手に現地で肉の摂取を控える呼びかけが行われ物議となっています。

独機関「中国で肉の摂取は控えて」 ドーピング検査で陽性の恐れ
 (産経新聞 2011.04.17 リンク切れてしまうかも)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110417/erp11041709480002-n1.htm

レコードチャイナ2011.05.01
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=51044

 もちろん、うっかり食べてしまった場合は気の毒としか言いようがありませんが、問題は汚染された肉を食べたから検出されたと主張しても、多くの場合証拠がありません。このため、違反したかどうかの裁定は難しく、最近でもツール・ド・フランスのアルベルト・コンタドール選手の処分を巡って議論となっています。

コンタドール事件続報:肉の汚染は証拠ナシ
(サイクルスポーツ 2010.11.18)
http://www.cyclesports.jp/depot/detail.php?id=1715

【速報】コンタドール、無罪決定!
(サイクルスポーツ 2011.02.16)
http://www.cyclesports.jp/depot/detail.php?id=2039

 特定の国の食べ物は危ないということを言いたいわけではありませんが、禁止薬物はくすりとして違法摂取されるだけではなく、日頃口にする食べ物にも存在する可能性があるということを痛感させられます。(成分が明らかではない海外のサプリメントも同様)

 こういった理由でスポーツの世界では、β2作用薬の使用が原則禁止となっていますが、β2作用薬のうちサルブタモール(サルタノール)とサルメテロール(セレベント・アドエア)の吸入薬については、今年から通常の使用法であれば使用が可能になっています。また、それ以外のβ2作用薬(メプチン)についても、コントールが適切に行われているとした申請(TUE:治療目的使用に係る除外措置)が認められれば許可されるそうですので、喘息の持病があっても治療を続けながら選手生活を送ることができるのです。(アスリートの間では喘息の方は少なくないとのことです。スピードスケート金メダリストの清水宏保が有名ですね)

 一方、同じβ2刺激薬でも気管支拡張成分としてOTC医薬品に配合されているトリメトキノール(トニン咳止め液)やメトキシフェナミン(アスクロン・強力アスメトン・エスエスブロンZ)(禁止リストには入っていないが、類似の作用があるとして禁止。普段から服用しないよう販売を避ける)、風邪などでも使われるツロブテロール(ホクナリンテープ)は認められることは少ないとのことなので、トップ選手にこれらが処方された(販売する)場合には十分注意が必要とのことだそうです。(うっかりであっても認められない可能性大)

禁止表(日本アンチドーピング機構)
 http://www.playtruejapan.org/downloads_list.php

ドーピング防止活動(日本薬剤師会)(2011年版リストによる更新はまだです)
 http://www.nichiyaku.or.jp/contents/antidoping/default.html

関連ブログ:
高橋恵介選手のドーピングチェック抵触について
(しんどい、痛い、つらい。マスターズⅡのベンチプレス 2008.06.16)
http://91683924.at.webry.info/200806/article_9.html

コンタドール、騒動(続き)
(惨憺たるアンコウ 2011.02.15)
http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-436.html

コンタドール、無罪?
(惨憺たるアンコウ 2011.02.15)
http://tatsuya1956.blog48.fc2.com/blog-entry-451.html

関連情報:TOPICS 2011.03.08 スポーツファーマシスト、今年の養成は2,000名


2011年05月14日 16:13 投稿

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