薬害を中学生に教えることの難しさ

 検討会まで作られ、さまざま意見を踏まえて作成された中学生向け副読本の「薬害って何だろう?」(TOPICS 2011.05.10)ですが、実際に学校の授業で活用されたケースはあまり多くなかったことが、3日に行われた「薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会」で明らかになっています。

薬害って何だろう(PDF:3.19MB)(H25年度から「薬害を学ぼう」にタイトル変更)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakugai/data/yakugai_print.pdf

第11回薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会
(2012年10月3日開催)
資料:http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002llss.html

(資料3)薬害教育教材に関するアンケート調査結果について(概要)
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002llss-att/2r9852000002llxj.pdf

 アンケートは平成24年度分の副読本を今年3月末に全国の中学校11,170か所に発送した際にアンケートはがきを同梱して行われたものですが、年度替わりという時期もあり、回収率は21.9%(2,448校)に留まりました。(いかにも役所の都合?)

 23年度の実績(23年度分は、昨年5月に発送)での回答だと思いますが、次のような結果や意見があったそうそうです。

  • 授業で使用したと答えたのは465校 (19.0%)で、配布のみが1,696校 (69.3%)、配布していない中学校も271校 (11.1%)もあった
  • 保健体育科の授業で使われたのが48.0%、社会科の事業で使われたのが38.9%(複数回答有)
  • 「聞きなれない語句(病名)や専門用語がある」「中学生には難しい内容」「文字が多すぎる・文章が長すぎる」「情報量が多すぎる」などとして、わかりにくい部分があるとした中学校が14.6%
  • 「DVDなど視覚効果について工夫が必要」(47件)、「授業の位置づけが難しい」(38件)などの意見があった

 薬害被害者の思いにはつながらず、「薬害」を中学生に教えることの難しさだけが明らかになってしまったようです。

 中には、下記ような意見も

  • 中3の公民では「消費者保護」の観点で扱うことになり、「人権」については直接的なつながりはないと思われます。とすれば、「薬害」そのものについて追究する授業は、社会科では行いにくいと感じました。
  • 薬=こわいと感じ、適切に使用されるべきところを自己の判断で勝手に使用をやめてしまい、被害が大きくなってしまうということにならない指導が必要と思う。
  • 特別支援学校では、病弱な生徒は投薬が欠かせない場合が多く、本教材を扱うことで不安をあおることもあるために慎重になった。特別支援学校に通う生徒へは、取り組みの是非が難しい。
  • 興味の対象が自分達であり、このような悲劇があったことを説明しても、興味を持たないことが多い。
  • 健康上、不安のある生徒への配慮。
  • 保護者配布とし、家庭での理解啓発資料とした。苦情はないが、児童・生徒の実態にあっていないと感じている保護者が多い。
  • 客観的な記述を心掛けられているのだと思いますが、例えば心情に訴える道徳的資料にするか、詳しい経緯を書いた社会的資料にするか、どちらかにしたほうが良いかなと思います。

 こういった意見を踏まえ、来年度配布分については、「活用の手引」の作成や活用事例の紹介などの対応(→資料4)が行われるとのことですが、「薬害」を子どもたちに教えるのと当時に、教師や保護者が「薬害」をどのように理解されているかということの把握や、「くすりとどう関わるか」という啓発を大人も含めて広く行うことの必要性を感じました。

 ちなみに、大学レベル(医歯薬看)ではどのように行われているか、文科省が調査を行っています。(たぶんつい最近発表されたものだと思う)

薬害問題に対する取り組み状況調査結果(平成24年度)(文科省)
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/
education/detail/__icsFiles/afieldfile/2012/09/24/1324090_04.pdf

 当然ながら、薬害被害について学ぶ授業を実施している大学はほとんど(医歯薬は100%、看は88%)ですが、最近では薬害被害者の声を聞く授業(特別講義など)等を実施している大学も薬学部で約8割、医歯で4割程度、看で2割程あるそうです。(薬害被害者の声を聞く授業に対する学生の反応などが興味深い。こういった授業を学ぶ機会がなかった私達は、機会を作りたい)

関連情報:TOPICS
 2011.05.10 薬害って何だろう?(中学生向け副読本)
 2012.03.26 中学生に薬害をどのように教えるか
 2012.09.01 サリドマイド開発会社が50年を経て被害者に初めて謝罪

2013.02.02 更新


2012年10月10日 22:23 投稿

コメントが8つあります

  1. シッフズジャパン鈴木

    アンケート結果は教育現場の声が反映されて有用です。特に、「興味の対象が自分達であり、このような悲劇があったことを説明しても、興味を持たないことが多い」に共感します。食品関連の事故(狂牛病、O157食中毒、放射能汚染など)はマスコミにも載りやすいこともあり、関心がもたれています。薬害被害には新たな切り口のプレゼンが必要ですね。

  2. 68%の方がわかりやすいと回答していますし、そんなにわかりやすいなら配布のみでもOK、という学校現場の判断は、合理的。

    少数意見の
    ・「「薬害とは…」という定義があれば、よりわかりやすいと思う。」
    が、痛いところをついていますね。

    なお、議論になっている薬害資料館ですが、日薬雑誌10月号の総会議事録によれば、六月の時点で「薬害資料館を、新規で建設する日薬会館に併設する意志はあるか」との質問に対して、当時の七海副会長が「大賛成である」「薬害被害者の方々と連携をとりながら、その方々の視点で資料館を作ることができればよいと考える」と答弁しています。(重要)

    おまけ:第9回感想
    http://tensis.cocolog-nifty.com/blog/2012/05/post-8793.html

  3. アポネット 小嶋

    コメントありがとうございます。

    おばか柊さんの「薬害資料館」についての現時点の議論の整理は、今回の検討会の参考資料として示されています。

    「薬害に関する資料収集・公開等の仕組み」が持つべき機能について
    (これまでの議論の整理)(改訂)
    http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002llss-att/2r9852000002lm0p.pdf>

    >68%の方がわかりやすいと回答していますし、そんなにわかりやすいなら配布のみでもOK、
    >という学校現場の判断は、合理的。

    とのご意見ですが、くすり教育が十分行われていれば大丈夫かと思いますが、持病があって普段から薬を飲んでいる生徒さんとその保護者にとって「配布して読んでおいてね」というだけでは、現場の教師らが指摘するように不安をあおる可能性があると思います。

    公害のように身近でないことから、薬とあまり縁のない、日頃健康な生徒たちに「薬害」を理解してもらうことは確かに難しいことです。

    「薬害って何」をまず考えてもらうことを視点にするなら、くすり教育とセットで行うか、詳しい手引きが必要だと思います。(とはいうものの、保護者や教師などの大人たちが、「薬害」と聞いてすぐに思い浮かべるできごとやことがらをどれだけあるでしょうか?)(修正した際、うっかり削除してしまいました)

    実際に学んだ中学生はどのような印象や感想だったのでしょうね。

    まだまだ始まったばかりなので、これからだと思いますので、私たち(薬剤師会など)も可能な限りサポートをしていくことも必要でしょう。

    ちなみに、ググったら公害の教育に関してでてきた資料です。やはりさまざまな工夫がされているようですね。(上位ヒットだけど)

    環境教育副読本『公害の話』内容の変遷
    -1971年から2000年まで-
    (京都精華大学紀要 第十九号)
    http://www.kyoto-seika.ac.jp/event/kiyo/pdf-data/no19/harada.pdf

    生徒の公害認識の実態と授業の改造(1974)
    http://ir.u-gakugei.ac.jp/bitstream/2309/119003/1/AN00038703_28_15.pdf
    (私がちょうど小学生だったときの話だ)

  4. はい、いろいろな危惧があります。
    けれど、今後の中学校の薬教育は、薬剤師によって行われます。
    仮に、不安を煽るとしたら、薬剤師の責任ですから、あまり心配していません。

    「合理的」と書いた背景には、「責任回避のためには、そうするのが簡単だと【学校側は】思うだろうなぁ…」という、意地悪な面も織り込みました。簡単だから教育しない。難しいから教育しない。結局、教育したくないから、そのための理由付けがあれば、なんだっていいんですよね。

    1974年の公害教育資料の結語に「社会科だけでなく保健体育や理科など総合的に学ぶ必要がある」となっていて、今回の回答に「どちらの教科でやればいいのかわからない」と書いてあるのに驚きました。科目別縦割りが40年続いています…。

    日薬が本当に日薬会館と薬害記念館を併設するつもりなら、面白いのですが…

  5. アポネット 小嶋

    すみません、前投稿を修正する際に大事な部分を削除していました。

    私も、結語の部分

    「最終的には、公害の無い生活環境、人間が健康で文化的な生活を営める環境づくりを目的とするのであるが、早急に結論を急ぐことなく小学校、中学校、高等学校の発達段階の上に立って、それぞれの到達目標をたてる必要があるだろう。そして、このことは社会科のみが責任を負うのではなく、理科や保体、技術家庭などの教科や学級活動を通し、全体的に行わなければならない」

    という部分が目に留まりました。

    こういった問題は、“社会科”や“保健体育”等の教科に留まる話ではないですからね。

    おっしゃる通り、まずは薬剤師によるくすり教育の重要性が問われそうですね。

  6. アポネット 小嶋

    11月2日に議事録がアップされています。

    第11回薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会
    (議事録 11月2日掲載)
    http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002nmoo.html

    構成員の発言などを目に留まったところを抜粋します

    ・保健授業の薬物のところで補助教材として使われたケースがあり、先生自体が薬害を
     薬物乱用の害と間違って捉えている可能性がある。
    ・「別資料を使い、警察の指導を受けたため、特に使用を必要としませんでした」という
     意見からも薬物乱用と混同されているということをうかがわせる
    ・義務教育の間に是非配りたいというのはわかるが、中学生の理解水準とか、あるいは
     カリキュラムから考えた学習内容からすると、どうしても無理がある。
    ・高校生に配るとか高校生用のものを作るとか、あるいは薬学を勉強している学生用に
     配るとか、あくまでも中学生にこだわる理由があるところに疑問がある
    ・薬害は薬の話ではなくて、社会の仕組みの話なのだよというところを教えるのであれば、
     こういった背景からも高校で使えるような教材として検討する必要もある
    ・一般的な病気になったときの薬の服用とか、そういうものに対して易しく、健康被害
     とか、そういうことについての何か前提のお話をそこで触れ、その辺の教育をもう少し
     しっかりした中で、薬の問題に触れる必要があるのでは
    ・医薬品に作用と副作用と両方あることを教えることと、薬害をテーマにして社会の
     仕組み等々まで考えるところを教えていくところは切り 分けなければいけないのでは
     ないか
    ・保健体育での薬害の扱いというのは、かなり難しい。中学の社会になるのか、公民に
     なるのか分からないが、そちらのほうで扱うのがよいのでは
    ・自分自身が絶対に薬を使っていかないと治らない病気を抱えている子どもたちという
     のも学校にはそれぞれいて、その子どもたちが薬をきちんと使っていただくようにし
     ておくことも並行して考えておくことも必要である
    ・この教材があるから今度は高校にでも、大学にでも薬害教育の取り組みを割り振れる。
     すべての教科はおそらく大学に入るため、高校に入るために水準を作って、系統的に教
     育をやってきています。いまここで薬の教育をゼロからやらないで、途中から、薬害に
     ついてこれ覚えてね、というのはやはり無理だと思う。
    ・社会科で公害の問題がある。公害の問題は命に関わる問題で、社会問題として、こう
     いうことがあって人の命に大きく関わってきたことは、 やはり指導をしていると思う。
     ですから教科書に公害と同じように薬害も社会問題として扱っていただきたいと。そう
     要望してきたのは命の問題であり、大きく社会的な問題になっているという扱いです。
    ・薬害は公害よりさらに構造が複雑ですので、応用問題だと思っている。それぞれの積み
     上げで、高校になって初めて薬害の全体像がわかってくる仕組みになっていると思いま
     す。保健の中学1、2年生で薬には副 作用というものがあり得るのだと。それから、
     企業の責任というものを3年生の公民でも習っていくと。それらの複合的な話として、
     高校段 階で「薬害」が出てくると。それぞれの科目でそれぞれ関連する中身を少し
     ずつ勉強していって、高校で積み上げがひとつの像を結んでいく。そういうイメージ
     だと我々は思っています。
    ・医薬品教育の場合は、先生方がよく理解できない部分について、学校薬剤師の人たちが、
     そこをどうするというとことがあるのですが、公民の先生方と学校薬剤師の接点はあま
     りなさそうな気がする。そうすると薬害のことで理解できない言葉とか概念とかがあっ
     たときにも、なかなかそこを学校の場でサポートする体制はないのではないかと感じて、
     せめてこのパンフレットが高校の教師の先生方、公民の先生方に、こういうものがある
     ことをもうちょっときちんと伝えられたら少しお役に立てるのかなと。

    この他にも興味ある議論が展開されています。

    学校でくすり教育に関わる方は、是非一読をお勧めします。

    やはり先生方にも、薬害と薬物乱用を混同されているケースが少なくないとの印象で、くすり教育のサポートを行う私たちこそ、先生や生徒たちの疑問に答えられるよう、薬害についての正しい認識・理解が必要であることを痛感させられます。

  7. アポネット 小嶋

    関連ブログです。

    第11回薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会議事録
    (10しす 2012.11.20)
    http://tensis.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-ddf1.html

  8. アポネット 小嶋

    厚労省のサイト名と教材のタイトルが変更になりました。中身は変更ありません。

    薬害を学ぼう -どうすれば防げるのか? なぜ起こったのか?
    (厚労省)
    http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakugai/

    薬害を学ぼう
    http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakugai/data/yakugai_print.pdf

    なお、検討会での議論を受けて、上記教材を各中学校に送付する際(平成25年1月)に「薬害教育教材の活用の手引」を同封したそうです。

    薬害教育教材の活用の手引
    http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakugai/data/tebiki_130125.pdf