吸入療法のピットフォール(研究会学習メモ)

 18日の第120回アポネットR研究会は、前橋赤十字病院呼吸器内科副部長の堀江健夫先生をお招きし、前橋市を中心に行われている気管支喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの地域連携の取組と、吸入療法の指導時の留意点(ピットホール=隠れた危険)についてお話を頂きました。

 先生のお話はどこかでうかがったことがあると記憶していたのですが、調べてみたら一昨年参加した長野で行われた日薬の学術大会のランチョンセミナーで一度うかがっていることがわかりました。(そのときも素晴らしい取組だと思った)

 取組を紹介した下記の記事を参考に、学習メモとしてまとめました。

喘息、COPDの急性増悪に連携で対応- 専門医、訪問看護や薬局薬剤師などと
(医療介護CBニュース 2012.02.18 要会員登録)
http://www.cabrain.net/news/article/newsId/36636.html

前橋赤十字病院を中心とした地域ぜん息医療連携システム
(すこやかライフ No.34 p20-23 /平成22年9月30日発行 環境再生保全機構)
http://www.erca.go.jp/asthma2/pamphlet/life/pdf/life_34.pdf#page=22

 先生はまず、気管支喘息やCOPDなど慢性呼吸器疾患をとりまく現状について下記のような課題を指摘しています。

  • 喘息による死亡数は1995年の7000人台から2010年の約2000人に減った(これでも国際的に比較するとまだ高い)が、有病率は最近10年で2倍となり有病者は800万人達している
  • 喘息による死亡数は重症患者だけではなく、軽症患者でも発症の割合は重症患者と変わらない。この背景には受診の遅れ、短時間型β2吸入薬への過剰な依存、吸入ステロイドなどのコントローラーの未処方や投与量の不足(きちんと吸入ができていない)などがある
  • 一方、慢性呼吸器疾患はNCDs(TOPICS 2011.09.11)の一つとしてWHOでは予防と管理のためのプランが示されているにも関わらず、日本では医療計画での対策に入っていない、専門医が少ないなどのために対策が遅れている(TOPICS 2011.09.15
  • 専門医が少ないために、日常の管理だけでなく、発作救急外来時の対応が必ずしもうまくいっていない
  • 近年、連携パスなど医療連携の取組も進みつつあるが、施設によって治療方針(使う薬剤が異なる。連携の医師が知らないということもあるが、薬局での在庫も問題か?)、対応が異なる、医療者間の緊密なコミュニケーションがうまくとれていない。

 先生は、こういったことに対応すべき、医療者側は、現場に標準的な治療(喘息発作救急外来パス、ぜんそくカードの導入、吸入指導依頼書に基づく標準化された吸入指導)(=固有技術)と地域連携パスや病薬連携の取組(吸入指導評価表によるフィードバック)(=管理技術)が重要だとして、話をすすめました。

★吸入指導依頼書・吸入指導評価表は群馬県薬剤師会の下記ページにあります。(リンク失礼します)

吸入薬の標準吸入手順(群馬県薬剤師会)
http://www.gunyaku.or.jp/gunyaku/kyunyu/

 管理と緊急時の重要性については、喘息死に関する下記論文のエビデンスを引用して、エビデンスに基づいた医療が必要だとしています。

Are Asthma Medications and Management Related to Deaths from Asthma?
Am. J. Respir. Crit. Care Med. 163(1) 12-18,2001)
http://ajrccm.atsjournals.org/content/163/1/12.full
http://ajrccm.atsjournals.org/content/163/1/12.full.pdf

RISK OF DEATH ASSOCIATED WITH SELECTED MANAGEMENT FEATURES AND ASTHMA MEDICATIONS ADJUSTED FOR DEMOGRAPHIC AND PSYCHOSOCIAL FACTORS AND DISEASE SEVERITY
(治療や対応によって喘息による死亡のリスクはどう変わるか)

  Adjusted OR 95% CI
Used peak flow meter in last year
この1年間にピークフローメーターを使ったことがある
0.65 0.2–2.3
Written asthma action plan
書面による喘息行動計画を示す
0.29 0.09–0.93
Verbal instructions only
口頭による指導のみ
1.3 0.51–3.2
Usual oral steroid in last month
この1か月に経口ステロイドを定期使用
4.1 1.7–10.3
Usual nebulised symptomatic medication
ネブライザーによる治療
4.2 1.8–9.9
Used nebulized symptomatic medication either usually during the last month or for an attack
この1か月か発作時にネブライザーによる治療
4.3 1.7–11.0
Used inhaled symptomatic medication for an attack
症状増悪時の吸入
0.43 0.16–1.13
Used inhaled preventive medication for an attack
発作予防の吸入
0.66 0.29–1.5
Used oral steroid for an attack
発作時の経口ステロイドの使用
0.09 0.02–0.33
Used oral steroid either usually during the last month or for an attack
この1か月または発作時に経口ステロイドを使用
0.71 0.32–1.6

 上記にあるように、発作時に適切な吸入(一般的な添付文書とは異なるが、ぜんそくカードにあるように20分間隔で2回吸入で改善しないときは緊急受診)と、緊急時の適切量のステロイド使用(アスピリン喘息時などではリスクがあることから、点滴である必要性はない。経口プレドゾロンとして0.5mg/kg、5mg錠なら6錠を3~5日使用)で対応することが重要で、現在これを標準的な治療として広めることをすすめているそうです。

 一方、喘息吸入の手技については、使用する吸入薬が加圧式定量噴霧吸入(MDI)なのか、ドライパウダー(DPI)なの種類の違いを十分理解した上で指導を行う必要があるとしています。(半数の患者さんで吸入方法が不適切だという)

正しい方法を身につけよう ~吸入薬の使い方
(ぜん息などの情報館)
http://www.erca.go.jp/asthma2/asthma/medicine/correct.html

MDI使用時の留意点

  • 噴霧と吸入のタイミングが同調しない
  • 息止めが短い(肺への沈着がよくない)
  • 吸入する速度が速い(数秒くらい時間をかける、無水エタノールが添加物として含まれることがあり、うまくいかないとけむりでむせることも)

DPI使用時の留意点

  • 正しくデバイスを保持できない(特に充てん時にまっすぐ立てておかないと、治療量の薬剤が充てんされない可能性がある)
  • 予備呼吸動作ができない(1回大きく息を吐くだけでもしっかり吸入される)
  • 十分吸入されているか(吸う力が弱い幼児や高齢者は留意が必要)
  • 湿気に弱い(マウスピースから呼気が入ってしまい、加湿することも、タービュヘイラーやツイストヘラーでは留意が必要)

 また、吸入の手順書がデバイスによって異なることも、吸入指導において混乱を来たしているとして、デバイスにかかわらず、下記の手順ごとに操作法を整理しておくことが必要だとしています。

  1. 薬の準備
  2. 息吐き(予備呼気)
  3. 吸入
  4. 息止め
  5. 息吐き
  6. 後片付け
  7. うがい

 先生らが関わっている「群馬吸入療法研究会」では、デバイスごとにこの手順をまとめ、群馬県薬剤師会のHPに掲載されています。大いに参考になります。

吸入薬の標準吸入手順(群馬県薬剤師会)
http://www.gunyaku.or.jp/gunyaku/kyunyu/

 そして、吸入指導において最も重要なのは、「医療者が操作方法を実演する」「患者さんに(その場で)手技を実施してもらう」ことがだそうで、私たちも積極的に取り組む必要があります。

 最後に感想ですが、やはり医師による指導依頼と私達からの評価結果のフィードバック、そしてどこの施設でも同じように指導や治療が受けられることが重要だと思いました。

 特に吸入指導は施設ごとに競争するのではなく、それぞれが知恵を出し合って標準化し、それを地域で実行するというのは必要ではないかと思いました。

 なお、WEB上のチェックだけでも、同様の取組は全国で結構あります。(→“吸入指導”でググる先生らの取組も隣市の桐生、太田、館林にも広がりつつあるとのこと。先生はご出身が足利だとのことで、是非足利でもこの取り組みを広げてほしいとの呼びかけが心に響きました。(中心となるDrがいるといいのだけど)

 関連情報:TOPICS
 2011.09.11 NCDsと薬剤師
 2011.09.15 NCDsへの各国の取組状況(WHO)


2012年07月19日 13:56 投稿

コメントが1つあります

  1. フィードバック

    将来の薬剤師のあるべき姿を見据えた素晴らしい取り組みだと思います。こういった活動のできる群馬県薬剤師会がうらやましいですね。栃木県の場合、まず、県薬剤師会の大きな改革が必要かと・・・。