日本における Disease Mongering

 6年ほど前から知られるようになった“Disease Mongering” という概念をご存じでしょうか? 「病気づくり」「疾患喧伝」「病気の売り込み行為」などさまざまな和訳がありますが、簡単に言うと、「診断されていない疾病について、生活者が気づくのを助けるというメディアなどを通じての広告のキャンペーン」のことを指します。 

 処方薬の一般向け広告が許されている米国などでは、病気と医薬品名を出すことで今の健康に不安がある人などにTVコマーシャルで直接生活者に訴えることがができますが、それができない日本のような国では、「疾病啓発広告・キャンペーン」という形で行われています。

  海外では2006年に、Disease Mongering についての国際会議が行われるなど、この概念の認知は既に広がっていますが、日本ではこの概念が論文などで取り上げられることはほとんどありませんでした。

疾病啓発キャンペーンが健康人を病人に変える
(薬害オンブズパースン会議 2006.05.17)
http://www.yakugai.gr.jp/attention/attention.php?id=123

 そんな中、PubMEDをチェックしていましたら、獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授の井原裕氏が、精神科領域における日本における Disease Mongering の現状をとりあげて論文を発表し、一部ブログなどでもとりあげられていることがわかりました。(おそらく下記は内容的には同じだと思う)

双極性障害と疾患喧伝(disease mongering)
(精神神経学雑誌113: 1218-1225, 2011)
https://journal.jspn.or.jp/Disp?style=abst&vol=113&year=2011&mag=0&number=12&start=1218
https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1130121218.pdf
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22352006

A cold of the soul:A Japanese case of disease mongering in psychiatry.
Int J Risk Saf Med.2012 Jan 1;24(2):115-20.)
http://content.iospress.com/download/international-journal-of-risk-and-safety-in-medicine/jrs560?id=international-journal-of-risk-and-safety-in-medicine%2Fjrs560
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22751193

 現時点では前者の論文は見ていません(追記:現在はオープンアクセスです)が、フルテキストが読めるようになった後者のInt J Risk Saf Med.の論文によれば、“心のかぜ(A cold of the soul)”をキャッチフレーズとした啓発キャンペーンでSSRI などの抗うつ薬の売り上げが拡大した一方、風邪と抑うつの違いを覆い隠すことにより、本来多面的であるべき抑うつのの治療法が歪曲されたと指摘しています。

 また、井原氏はこれが双極性障害の領域にも広がりつつあるとして、日本の精神科医は、抗うつ薬の攻撃的マーケティングが行われてきたこれまでの経験から学ぶべきとしています。

 考えてみると、日本でも最近、「こういった症状があったら、お医者さんに行きましょう」というTVコマーシャルが非常に目につきますが、これらもこの Disease Mongering にあたるとの指摘があります。

 ワクチン接種の勧奨などはこれにはあたらないとは思いますが、PLoS Medicine 誌の特集ページなどにもありますように、定義があいまいな疾患や原因がはっきりわからない疾患、性的機能不全改善(特に女性)、脱毛など、いわゆる生活改善薬などが  Disease Mongering の対象となっているように思われます。

PLoS Medicine Disease Mongering Collection
http://collections.plos.org/disease-mongering
http://www.ploscollections.org/article/browseIssue.action?issue=info:doi/10.1371/issue.pcol.v07.i02

Disease mongering and drug marketing
EMBO Rep. 2005 July; 6(7): 612–614.)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1369125/

Disease mongering.
Singapore Med J. 2007 Apr;48(4):275-80.)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17384871
http://smj.sma.org.sg/4804/4804ra1.pdf

薬害被害者を少なくするには -薬剤疫学と法-
(薬剤疫学 Vol. 13 (2008) No. 2 P 111-117)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpe/13/2/13_2_111/_article/-char/ja/
(J-Stageで唯一ヒット)

現場での患者さんへの薬の説明は、医師の処方意図に基づいた薬物治療の効果をより発揮するための指導が求められますが、一方で、治療の必要性や患者(生活者)のニーズを踏まえて、これら疾患の薬物治療に対する薬剤師としての考え方を整理する必要性を感じます。

関連ブログ:
病気喧伝(disease-mongering) 「双極性障害」、「眠れてますか?」キャンペーン
(間違いだらけの精神医療、うつ病は服薬では治らない 2011.11.22)
http://68631324.at.webry.info/201111/article_14.html

神経質礼賛 745.双極性障害と疾患喧伝(けんでん) 2012.01.13
http://shinkeishitsu.cocolog-suruga.com/blog/2012/01/post-b631.html

名医求めてさまよう うつ病患者
(WEDGE REPORT 2012.03.19)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1759

製薬会社の製品拡販のやり方
(いちろうの向精神薬からの脱出 2012.02.23)
http://blogs.yahoo.co.jp/cd472873/archive/2012/02/23

関連情報:TOPICS
 2012.01.14 過活動膀胱の概念は患者さんのためのもの? それとも?
 2010.06.19 FDA諮問委、Flibanserin の承認を拒絶

7月28日 9:20 リンク追加 2016.04.16 リンク修正


2012年07月27日 16:41 投稿

コメントが1つあります

  1. アポネット 小嶋

    記事にツイートして下さった方がチェックしたブログ記事等です。

    製薬会社と精神科医の「不適切」な関係
    (精神医療の真実  聞かせてください、あなたの体験 2010.09.04)
    http://ameblo.jp/momo-kako/entry-10639096597.html

    認知症の新薬と疾病の売り込み(ディジーズ・モンガリング)
    (リカバリー志向で行こう 2012.03.30)
    http://blog.goo.ne.jp/toip_hokkaido/e/45b33d6e625f3cfde6544d64e0e6e94e

    疾病啓発広告ギャラリー
    (エーザイ株式会社)
    http://www.eisai.jp/diseases-and-symptoms/ad-gallery/