原子力災害時における安定ヨウ素剤の使用と薬剤師の役割

 日本の医学薬学その他文献が読める、J-stageを毎日チェックしているのですが、28日に公開となった、福島原発事故についての特集が組まれている雑誌“保健物理”が目に留まりました。(発行はおそらく去年の秋頃)

保健物理 Vol. 46(2011) No. 3
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jhps/-char/ja/

 原発事故についてはさまざまな問題・課題があり、基礎的な認識や知識が十分でない現状においては本サイトで取り上げることを適切でないとして控えていましたが、薬剤師として一つだけ理解しておきたいのはやはり原発などの原子力施設の事故時における安定ヨウ素剤の予防的服用の問題です。

 ご存じの通り、福島原発事故時の安定ヨウ素剤の配布と予防的服用については、備蓄が十分にあったにも関わらず十分な活用が行われなかったとされています。

 次の特別記事では、安定ヨウ素剤の原理、現在の予防服用に関する考え方、近年の欧州における予防服用の考え方の変化、福島原発事故における教訓などが記されており、興味深い内容となっています。

 安定ヨウ素剤投与に関する基準
―原子力安全委員会基準,東電福島の事故への対処および近年の欧州の動向―
(保健物理 Vol. 46 (2011) No. 3 p 179-183) 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhps/46/3/46_179/_article/-char/ja/
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhps/46/3/46_179/_pdf

  上記によれば、福島原発事故の際、安定ヨウ素剤は薬事法上の規制もあり、自衛隊、消防、警察、海上保安庁の隊員であっても、各組織の産業医等が処方箋を作成して保管してある安定ヨウ素剤を予防服用させるという手順がとられていたそうです。(と記されているが、原末は劇薬ではあるものの、原末・丸薬はいずれも処方せん医薬品ではない。適応外使用になるが処方せんなしでの販売や譲渡ができないわけではない)

 一方、海外はどうかというと、安定ヨウ素剤は欧米では医師の処方箋なしに個人が入手できることにあり、また、薬局にも相当量の安定ヨウ素剤のストックがあるとのことです。そのため、当局から配布される無料の薬剤を入手できない場合でも、安価な薬剤が入手できるそうです。

 また、薬剤師や薬局従業員は自主的に原子力防災訓練に参加することで、適正使用にも寄与しているとのことです。

 安定ヨウ素剤の予防服用の状況については、政府の事故調査・検証委員会がまとめた最終報告書などで次のような記載があります。(ここでいう町の薬剤師というのは、行政職以外の薬剤師なのだろうか? 実際に立ち会った薬剤師の報告などはどこかにあるのだろうか?)

東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会 最終報告書提出式
(首相官邸 2012.07.23)
http://www.kantei.go.jp/jp/noda/actions/201207/23kenshou.html

(報告書全文、p.383)
三春町は、3月14日深夜、住民の被ばくが予想されたことから、安定ヨウ素剤の配布・服用指示を決定し、同月15日13時頃、防災無線等で町民に周知を行い、町の薬剤師の立会いの下、対象者の約95%に対し、安定ヨウ素剤の配布を行った。これを知った福島県保健福祉部地域医療課の職員は、同日夕方、三春町に対し、国からの指示がないことを理由に配布中止と回収の指示を出したが、三春町はこれに従わなかった。安定ヨウ素剤の服用についての安全委員会の意見(スクリーニングレベルを超えた者に対しては安定ヨウ素剤を投与すべきとのコメント)が、前記(b)のような経緯(p.382)で葬られている点を考慮すると、国からの指示がなかったからという理由で三春町の判断を不適切であったと言うことはできない。

原子力安全委員会 原子力施設等防災専門部会被ばく医療分科会第27回会合資料
(富岡町職員への聞き取り調査)(掲載アドレス変更。移転先不明)
http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/bousin/bousin2012_11/ssiryo2.pdf

  • 県から資機材として備蓄してあった安定ヨウ素剤を持って行った。避難所で避難者から安定ヨウ素剤について問い合わせがあり、1 号機の爆発の映像を見たことから、(国からの指示はなかったが、)副作用があること、本来医師の判断が必要なことなどを説明し、説明書も添えて希望者に配布した。
  • 受け取った人のほとんどは避難所で服用していた。子供には半分にして与えていた。(川内村には備蓄はなかった。避難所で配布したので川内村の人に渡したとは思えないが正確なところは不明。三春町に避難した富岡町民から問い合わせがあったことから,三春町は県に安定ヨウ素剤を要求,配布した。)町職員が川内村への避難の際に,備蓄されていた安定ヨウ素剤を持って移動。
  • 原子力防災訓練に参加したことのある町民は,安定ヨウ素剤について知っていた。

 そこで、さらにググってみたところ、今年2月に、原子力安全委員会(http://www.nsc.go.jp/)の防災専門部会被ばく医療分科会が原発事故の際の安定ヨウ素剤の服用などについて提言をまとめていることがわかりました。

原発50キロ圏、各戸にヨウ素剤 事前配布を提言
(朝日新聞 2012.02.24 今のところ全文アクセス可)
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201202240285.html

原子力安全委員会 原子力施設等防災専門部会
被ばく医療分科会第31回会合 議事次第
(原子力安全委員会 2012.02.24 開催)
http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/hibakubun/hibakubun031/hibakubun-031.htm

安定ヨウ素剤の予防的服用に関する提言(案)
http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/hibakubun/hibakubun031/siryo3-1.pdf

 上記でも、原発大国フランスの例を取りあげている他、次のように記されています。(正式な提言はWEBでは現時点では確認できず。下記は上記から整理抜粋)

  • 我が国の薬事法では、安定ヨウ素剤は、「処方箋を必要としない医薬品」に分類されている。原則として医師の処方に基づき特定の疾患の患者に投与するものであり、配布にあたっては、医療関係者が関与し、服用のタイミングと用量、禁忌や副作用などの指導が求められる。(p15、処方せんがいらない医療用医薬品は、原則処方せんがいるものとしている) しかしながら、一方で、災害時に備えた自治体における備蓄や配布も必要性があり、適切な備蓄・配布方法が整備されることが望ましい。仏国では、安定ヨウ素剤は処方せんが必要な医薬品として指定されているが、緊急時対応区域内では、事前配布時に薬剤師の問診などが受けられるようになっており、参考になると思われる。
  • 劇薬の指定のある安定ヨウ素剤については、他のものと区別して貯蔵すること等、日常の誤飲等の対策に留意して備蓄されなければならない。平時の配布においては医療関係者の関与が望まれるが、災害時においては、医療関係者のアドバイスを受け、地方自治体が必要な服薬情報とともに配布できるような処置も望まれる。
  • 安定ヨウ素剤の配布・服用指示は医薬品の処方と考えられ、また、小児の服用のためのヨードシロップの調製は医薬品の調剤と捉えられ、本来であれば医師や薬剤師が行うべき行為とされている。関係行政庁は、原子力災害時に、都道府県の担当者・ボランティア従事者・住民等が安定ヨウ素剤配布・服用指示やヨードシロップ調製等の行為を行う際の法制度上の扱いについて明確にしておくべきである29。安定ヨウ素剤の液剤の整備も有効な対策と考えられる。
  • 現状では、放射性ヨウ素による甲状腺被ばくの予防効果は安定ヨウ素剤の効能に含まれていない。そのため、甲状腺被ばく予防目的の投与は医薬品の適応外使用となる。適応外使用は医師の責任となり、災害時において素早い対応を妨げるおそれがあり、対策が求められる。
  • 被災時の安定ヨウ素剤の配布における医師の関与の要否についても整理しておくべきである。安定ヨウ素剤は医薬品であり、配布時には医師が立ち会うことが望ましく、服用指導や副作用のリスクの説明を行えるという利点がある。しかし、今回の事故の経験からは、医療関係者を被災地で十分に手配するのは困難であると考えられ、その状況でも適切に配布するための対策を講じておくべきである。例えば、住民に対して、平時から、安定ヨウ素剤の服用指導やリスクの説明を行っておく、説明用のパンフレットを用意するなどが考えられる。

 原子力災害時における安定ヨウ素剤の配布や予防服用については、今回の原発事故がさまざまな課題を示した一方、薬剤師による何らかの関与が必要なことも読み取れます。

 原子力施設を抱える地域の薬剤師は、こういった視点の災害時の役割を認識をする必要があるかもしれません。

関連情報:TOPICS  震災・原子力災害関連資料


2012年07月29日 14:13 投稿

コメントが7つあります

  1. アポネット 小嶋

    当時の状況については、国会事故調(http://naiic.go.jp/)が7月5日にまとめた報告書の方がより詳しく記されていました。

    防護策として機能しなかった安定ヨウ素剤(報告書本文・ファイルが大きいです)
    http://naiic.go.jp/pdf/naiic_honpen.pdf#page=442
    http://naiic.go.jp/blog/reports/main-report/

    「防護策として機能せず」 ヨウ素剤、県の初動追及
    (福島民友 7月6日)
    http://www.minyu-net.com/news/news/0706/news8.html
    http://www.47news.jp/news/2012/07/post_20120706115255.html

    31日の報道でも、福岡市が27万3千人分のヨウ素剤の錠剤と粉末を備蓄したとの記事が出ていましたが、配布方法や服用指示の手順は具体的に決まっているのでしょうか?(市民病院ということなので、ここの薬剤師が関与ってこと?)

    福岡市が安定ヨウ素剤を搬入
    (朝日新聞 福岡・北九州 7月31日)
    http://mytown.asahi.com/fukuoka/news.php?k_id=41000001207310005

  2. アポネット 小嶋

    23日のNHKで、三春町のヨウ素剤配布に関する証言番組が放映されました。

    証言記録・東日本大震災 第9回
    「福島県三春町」
    ~ヨウ素剤・決断に至る4日間~
    【総合】2012年9月30日(日)放送
     http://www9.nhk.or.jp/311shogen/link/program1.html

    福島民報3月5日の記事と国会事故調の報告書に沿った内容でした。

    【ヨウ素剤配布】国指示前に避難拡大 いわき、三春 独自決断
    (福島民報 2012.03.05)
    http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2012/03/post_3383.html

    防護策として機能しなかった安定ヨウ素剤(国会事故調報告書・ファイルが大きいです)
    http://naiic.go.jp/pdf/naiic_honpen.pdf#page=442

    町の職員が徹夜で封筒に各世帯ずつ分けたうえで配布し、受け取ったらすぐに飲むように指示したというのは、あの混乱の中ですごいことだと思いました、

    三春町にたまたま避難していた大熊町の職員の助言も大きかったと思いますが、やはり三春町の県の指示を待たずに避難民に配布した(95%の住民に配布されたという)今回の英断は災害時の危機管理のあり方を考えさせれます。

    配布は国会事故調の報告書の通り、薬剤師ではなく保健師や看護師の手によって行われたようです。

    国会事故調の報告書の445ページには、

    「3歳以下の小児にヨウ素剤を服用させるためには、薬事法上の「劇薬」である粉末のヨウ素剤を使ってシロップを作ること、または丸薬を砕いて適量を調剤することが必要となる。そのため、避難所においては、ヨウ素剤の配布・服用のために医療関係者、特に薬剤師がいることが望まれる」

    と記されています。

    原発がさらなる再稼働が行われるかどうはわかりませんが、原発立地地域が過疎地が少ないことを考慮すると実際となると難しい気もします。

    保健師が残したメモ、保健師が県庁にヨウ素剤を取りに行ったら、廊下のようなところに山積みになっていた、県から担当部署の独自判断で回収指示が行われたという証言は生々しかったです。

    なお、服用者からの副作用の報告は2件だけで、軽度のものだったそうです。

  3. アポネット 小嶋

    薬局で対面で販売しているという話しはWEBでも載っているのですが、このケースは初耳。

    新潟 ヨウ素剤を住民みずから配布
    (NHK NEWS WEB 2012.11.18)(動画あり。掲載は1週間程度)
     http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121118/k10013583311000.html

    当然販売に関わった薬局(薬剤師)か、医師がいるのだと思うのですが、配布に立ち会ったのだろうか?

    一方、水戸では薬剤師会と市が協定を。

    災害時協定:水戸薬剤師会と市が締結 「ヨウ素配布にらむ」
    (毎日新聞・茨城版 2012.11.18)
    http://mainichi.jp/area/ibaraki/news/20121118ddlk08010093000c.html

  4. アポネット 小嶋

    NHK報道の関連記事です。

    自主防災会がヨウ素剤配布
    (新潟日報 2012.11.19)
    http://www.niigata-nippo.co.jp/news/national/20121119012699.html

    町内の医師が副作用について説明したそうですが、町内会費でヨウ素剤1千錠を購入したとのこと。

    購入はどこかの薬局を通してでしょうね。

    NHK新潟も配信しています。配信動画や記事は若干異なります。

    長岡 ヨウ素剤を住民が配布
    (NHK新潟放送局 2012.11.18)
     http://www3.nhk.or.jp/niigata/lnews/1033538461.html

    この問題は難しいです。

  5. アポネット 小嶋

    原子力規制委員会の田中俊一委員長は21日、長岡のヨウ素剤配布について言及し、「日本のほとんどの原発は1年以上止まっていて、今事故が起きてもヨウ素剤が必要になるような状況にはならない」などとして、国の基準ができるまで、安易な配布や服用はしないよう呼びかけたそうです。

    ヨウ素剤配布“必要な状況にならない”
    (NHK NEWS WEB 2012.11.21)
     http://www3.nhk.or.jp/news/html/20121121/k10013662421000.html

    ヨウ素剤の配布自粛を呼び掛け 原子力規制委
    (47NEWS 2012.11.21 共同通信配信)
     http://www.47news.jp/CN/201211/CN2012112101001616.html

  6. あぶらかだぶら

    福島第一原発4号機の使用済み燃料プールには1535体の使用済み核燃料が入っており、大きな余震でプールが破損すると膨大な放射性物質が噴出してしまいます。「今事故が起きてもヨウ素剤が必要になるような状況にはならない」という田中委員長の発言は無責任です。それに「安定ヨウ素剤は劇薬指定されており」というコメントも不正確ですね。原末の製剤は劇薬ではあるが、配布しやすいヨウ化カリウム丸50mgは劇薬ではないですね。

  7. アポネット 小嶋

    日医総研がこのほどまとめたレポートです。

    本文38ページから、安定ヨウ素剤の配布や服用状況についての記載があります。

    緊急被ばく医療に関する検証
    ― 福島第一原発事故の教訓を踏まえた今後の体制・対応のあり方 ―
    (日医総研ワーキングペーパーNO.275)
    http://www.jmari.med.or.jp/research/summ_wr.php?no=502
    http://www.jmari.med.or.jp/research/dl.php?no=502