Lancet の日本の医療制度特集号(Update2)

 世界の長寿国である我が国をささえる日本の医療制度(国民皆保険)については、世界各国が関心を寄せるところですが、英国医学雑誌のランセットが30日、日本の保健医療と皆保険制度についての特集号を発行しています。

 特集号の発行については今春にすでに告知されていたので興味ある方もいるかと思いますが、ランセットにアクセスしたところ、英語版はログインが必要でしたが、何と日本語訳(Japanese
translation PDF の部分をクリック)については今のところログインなしで見ることができました。(下記表のリンク先が切れたらごめんなさい)

Japan: Universal Health Care at 50 Years
Lancet Published August 30, 2011)
http://www.thelancet.com/japan

 今回のランセット日本特集号プロジェクトは、国民皆保険制度が始まって50周年となったのを受けて企画されたたもので、日本における保健医療政策の主要5分野の議論に対しての検証と提言が行われています。

  序文  3- 5
論説 日本:国民皆保険達成から50 年  7- 8
コメント 1 健康社会を目指した日本の過去50 年
(マイケル・R・ライシュ、池上直己、渋谷健司、武見敬三)
 9-12
2 日本の平均寿命はなぜこんなに高いのか
(クリストファー・J・L・マレー)
13-14
3 日本の国民健康・栄養調査の価値
(佐々木敏)
15-16
4 人間の安全保障と国民皆保険
(スーディア・アナンド)
17-18
5 日本の自殺 (本橋豊) 19-20
6 日本の保健医療専門家教育—今こそ変わるべき時
(伴信太郎、マイケル・D・フェターズ)
21-22
7 日本における保健医療政策策定のための科学と総意形成
(森臨太郎、武見敬三、ハーベイ・V・ファインバーグ)
23-24
8 災害時循環器リスク予防ネットの開発
(苅尾七臣、西澤匡史、 星出聡、新保昌久、石橋幸滋、國井修、渋谷健司)
25-26
日本:国民皆保険達成から50年
1 なぜ日本国民は健康なのか 29-43
2 日本の皆保険制度の変遷,成果と課題 44-56
3 わが国における医療費抑制と医療の質:トレードオフはあるのか 57-69
4 人口の高齢化と幸福:日本の公的介護保険政策からの教訓 70-85
5 グローバルヘルスにおける日本のコミットメント再強化:課題と機会 86-99
6 優れた健康水準を低コストで公平に実現する日本型保健制度の将来:国民皆保険を超えて 100-112
プロフィール 渋谷健司:日本でグローバルヘルスを推進する  
武見敬三:カタリスト(調整役)のカリスマ  

 後半の複数の研究者ら共著の「日本:国民皆保険達成から50年」では、それぞれの章ごとにまとめとして「世界への教訓」が記されており、今後の日本の医療システムや保険医療制度を考えるうえで大きなヒントとなります。

 このうち、「わが国における医療費抑制と医療の質:トレードオフはあるのか」では、日本ではどのように医療費の抑制策が行われたかを文献でレビューし問題点をあげています。目に留まったとことろしては、

  • 診療報酬体系の改定は、客観的な根拠よりもむしろ政策的な判断に基づいている
  • 医療の質のプロセス面は、入院治療では標準化が遅れている
  • 外来治療では、高血圧症や高コレステロール血症の有効カバー率が米国の水準を下回っている(治療の目標値に十分達していない)

 「人口の高齢化と幸福:日本の公的介護保険政策からの教訓」では、日本の皆保険制度の変遷と今後の課題が詳しく記されおり、たいへん参考となります。結構知られていないことも多く記されていてへーっと思うところもいくつかあります。

  • 日本では、65歳以上全高齢者の約6.5%通所サービスに通っているが、福祉先進国ともいえるドイツやスエーデンでは1%に満たない)
  • 日本の介護認定認定者の5分の2はドイツの登録基準であれば不適格(つまり比較的寛容な認定基準)
  • ドイツでは,受給者はサービスの代わりに現金給付を選択することができ,使途も制限されていない(但し支給額は雇用=労働による賃金に比べはるかに少ない)
  • デイケアおよび在宅介護は受給者の健康にプラスの影響を与えている報告もあるが、公的介護保険制度導入の全体的な影響についてはいまだはっきりしていない
  • 家族介護者にとっての介護保険の経済的メリットは明らかだが、家族介護者の負担感に対する影響については、はっきりしていない

 また、「優れた健康水準を低コストで公平に実現する日本型保健制度の将来:国民皆保険を超えて」では、次のような4つの政策提言が行われています。

  1. 人間の安全保障という価値観に基づく改革の実行
    政策決定における公正性と国民参加が欠如されている。主要な政策オプション,特に全体の状況を加味した政策を選択するには,質の高い科学的知見やエビデンスに基づくことが必要。
  2. 政府と地方自治体の役割の再検討
    内外の保健医療政策に関して中立的で確かな分析を行うために、米国の疾病対策予防センターのような機関の設置が必要。
    地域の政策的自律性を拡大すべきで、これらの改革を設計し実行するためには、医師会・政府組織・民間企業・市民団体といったこれまで協働したことのなかった諸団体間の新たな対話と意思決定が必要
  3. 保健医療サービスの質の向上
    特にプライマリ・ケアの継続性と総合性の充実
  4. グローバルヘルスへの積極的参画

 一方、前半のコメントでは以下のような点が目に留まりました。

  • 日本の保健医療システムが他国のモデルとなるには、プライマリ・ケアを専門分野として認定することと,この専門分野を国家の保健医療政策の優先事項として重視することが最も重要(コメント6)
  • 日本が政治的に中立で科学的根拠に基づく保健医療政策を策定する組織を新設するのであれば,主に「政策を策定するための質の高い方法論」「主要な利害関係者に政策の必要性を伝える一方で,その既得権益を政策につながる科学的根拠の評価から分離しておくガバナンス構造」の2つの要素が必要(コメント7)

 国内外の報道やクリストファー・J・L・マレー氏の提言「日本の平均寿命はなぜこんなに高いのか」でも触れられていますが、今後の課題としては、経済停滞、政治の混乱、高齢化、十分ではないタバコ規制、自殺率の高さ、BMIの上昇傾向など、保健医療の新たな課題に効果的に対応が行われていないとの指摘が行われており、私たちも関わる必要がある分野の存在がうかがえます。

 ところどころに東日本大震災での取り組みなども紹介されています。興味ある方は、是非一読をお勧めします。

参考:
朝日新聞 8月31日
 http://www.asahi.com/health/news/TKY201108310198.html
47NEWS 8月31日
 http://www.47news.jp/CN/201108/CN2011083101000183.html
読売新聞 8月31日
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110831-OYT1T00657.htm

9月1日 1:50、12:20更新


2011年08月31日 17:44 投稿

コメントが1つあります

  1. アポネット 小嶋

    現在、出版記念のシンポジウムがネットで配信されています

    『ランセット』日本特集号出版記念シンポジウム 「医療構造改革の課題と展望-3月11日の大災害を超えて
    (USTREAM 2011.09.01)
    http://www.ustream.tv/channel/lancet-launch
    http://www.ustream.tv/recorded/16995988
    (録画がアップされました、ありがたいです。)

    『ランセット』日本特集号出版記念シンポジウム
    「医療構造改革の課題と展望-3月11日の大災害を超えて」
    (日本国際交流センター)
    http://www.jcie.or.jp/japan/csc/ghhs/lancet/2011symposium.html