☆ コラム

  2010/5/31「言葉に責任を持つ政治、普天間移転問題の迷走

       米軍普天間基地の移転問題について、鳩山首相自らが設定した5月末の
      期限がきた。結局、辺野古周辺への移転となり、「最低でも県外」といっ
      た約束は守られなかった。また、辺野古移転を受け入れられない社民党は、
      連立政権から離脱することとなった。大臣を罷免された福島党首は「言葉
      に責任を持つ政治」を主張していた。
       言葉に責任を持つ政治、マニフェスト型の選挙とはまさにそれを目指し
      ていたものであった。しかし、鳩山首相は希望的観測のみで約束してしま
      ったため、県外移転の約束を守ることができず、結果、マニフェストその
      もののイメージが悪くなってしまった。小泉元首相も国債発行30兆円以
      内の公約が破られたときに、「たいしたことではない」と開き直ってしま
      った。問題は我々国民がそうしたウソつきや無責任な姿勢を追求せずに、
      上っ面のイメージや人気におどらされて、こうした政治家を退場させるこ
      とができなかったことにある。ウソをついてもしらを切り通せる人、うま
      くごまかせる人こそ政治家に向いている、などと言われるようでは、この
      国もおしまいである。
       私も一政治家として「言葉に責任を持つ政治」を心掛けてきた。そして
      選挙でお約束した定期的な活動報告や政務調査費の公開、市民との直接対
      話の場を設けるといったことを実行してきた。しかし、そうした「言葉に
      責任を持つ政治」よりも、巧言令色とでも言おうか、上っ面のきれいごと
      を言い、見せかけのパフォーマンスを気にしていたほうが、受けがいいよ
      うに感じる。「言葉に責任を持つ」ことは、政治家としては不向きなので
      あろうか。