ハンバーガーの怪
 
このエッセー の下書きを一読したダンナが一言、「何だ、お前また、食い物ネタか。」うーん、悔しいけれど、その通りです。でも、だからといって、当事者のクセにその言い方はないでしょうに。それに、いい加減自分だってそろそろ一本くらい何か書いたらよさそうなものをいつだって「今、練っているところです」と言うばかりで、ちっとも形をなしたものが出てこないばかりか、そのうち練りすぎて、いつの間にかグチャグチャになって、わけがわからなくなってしまうのは、一体どこのどなたなのでしょうか?手際の悪いソバ屋じゃないんですからねッ、全く!と、まあ、楽屋裏はこれくらいにして、とにかく始めに謝っておきます。すいません、アイバイクコ、気が付いたら確かに今回もまた「食べ物ネタ」になってしまいました。どうも私の場合、胃袋で思考する傾向があるのかも知れません。
 

世の中には 時々信じがたいような不思議なことが起こるものです。先日の週末、散歩がてら隣の町まで買い物にでかけた時のこと。目当ての品物はすぐに見つかり、無事目的を果たしたら何となくお腹がすいてきたので、ちょうど隣にあったマクドナルドに入って軽く何か食べようかということになりました。マクドナルドといえば、言わずと知れた「ハンバーガー」で有名な店ですね。そう、丸いパンの間に平らに延ばした「ハンバーグ」のはさんであるアレ、です。これは、もはや世界の常識とも言えるでしょう。ところが…
 

それぞれ一人前 ずつセットで頼んだのでは、絶対多すぎてお腹がいっぱいになってしまうと思ったので、チーズバーガー2個にフライドポテトと飲み物がついた「ダブルチーズバーガー」セットを一人前注文することにしました。バーガーは一つがさほど大きくないので、一つずつ食べてちょうど良いくらいの量です。さて、ほどなくして注文した品が出来、トレーを持ってテーブルにつきました。包みを開けていざ、「いっただきまーす」と大口でバーガーにかじりついたダンナ、突然口を止めて怪訝な顔でバーガーを見つめながら固まってしまいました。ポテトをつまんでいた私に向かって「ねえ、ちょっと…」「どしたの?」「あのさ、俺、チーズバーガー頼んだよな?」「そのはず、だけど…」「チーズバーガーってハンバーガーだよね?」「はあー???」いきなりそんなことを聞かれても、わけがわかりません。「でも、ハンバーガーじゃなくて…、アレ?イヤ、だからー、チーズバーガーなんだからサー、チーズがはさんであってー、エッ、エッ?」なんて間抜けな会話を交わしてしまう二人。何事かと思って、ダンナの歯形のついたチーズバーガーを覗いて見ると、な、な、何と、肉がない!確かに「チーズバーガー」というだけあって、薄いアメリカンチーズは辛うじてはさんでありますが、あとはみじん切りのたまねぎとピクルスの薄切りがはさんであるだけで、どこを探しても肉、つまり「ハンバーグ」がない!もしかして、我々の知らない間に「マクドナルド」はメニューを刷新し、「チーズバーガー」にはチーズとたまねぎとピクルスだけをはさむこと、味付けはケチャップのみでごくシンプルにするべし、などとポリシーを変えてしまったのではないか、と不安になりながら、まだ手をつけていなかったもう一つのバーガーの包みを恐る恐る開けてみたところ、ウーム、やはり肉は入っていません。「悪い夢でも見ているのではないだろうか?」「いや、そんなわけはない、絶対に!何かの間違いだ、きっと。多分…」(だんだん自信が揺らいでくる我々…)


半分ベソを かきながらも意を決して、肉の入っていない「チーズバーガー」の包みを手に、ダンナはカウンターへと事の真偽を確かめに出かけていきました。勿論、意図的に肉を抜いたなどと決して疑われないよう、元の形状を極力崩さずに持って行ったのは言うまでもありません。カウンターの中にいたお姉さんがそれを実際に目にした瞬間の凍りついたような表情を何と表現したらよいでしょう。まさに目がテンです。さしずめ「エーッ、ウッソー、何、これ?信じられなーい!」といったところでしょうか?やはり、「チーズバーガー」には「ハンバーグ」が入っていて然るべきであったことが、これで実証されたわけです。気を取り直して、問題のブツを見せにお姉さんが奥の調理場に入って行くなり、調理場は一斉に爆笑に包まれたそうです。そりゃあ無理もありません。なにしろ、ハンバーグの入っていない「チーズバーガー」といえば、わさびだけでネタの載っていない「握り寿司」、衣だけ揚げてソースをかけた「海老フライ」も同然ですから。ということは、もしかして普通のハンバーガーを頼んでいたら出されたのはパンだけだったということでしょうか?「誰だ、こんなの作ったやつ?」「俺、知らねーよ。」「僕だって、ずっとフライ揚げてたもんねー。」「それじゃ、お前だろ?」「覚えちゃいねーよ、そんなの。」「ま、いいから早いとこ新しいの作れや。」「オイ、ちゃんと、肉確かめてから包めよ。」なんて会話がひとしきり奥で飛び交ったかも知れません。何はともあれ、無事に「ハンバーグ」入り「チーズバーガー」に取り替えてもらうことができ、お腹も満ち足りて、まあ何とか事なきを得たわけですが、「ごめんなさいねー」のしるしに、何か、例えばアップルパイとかクッキーなどのおまけでもつけてくれないのかなー、などといった「甘い」期待は見事に裏切られました。
 

これがアメリカ だったから、きっと客もカウンターも調理場も、皆さん爆笑で済むのであって、もしこれと同じようなことが日本で起こっていたらきっと大変なことになっていたかも知れないことは想像に難くありません。まず、客は客で、それこそ鬼の首でも取ったように怒鳴り込んで行くことでしょう。カウンターのお姉さんの顔からはみるみるうちに営業スマイルが消え失せ、次に真っ青な顔で店長がすっとんで来て、平身低頭、土下座でもしそうなくらい恐縮して詫びて来るに違いありません。そして、調理場の製造担当者は、下手すればクビが飛ぶか、そこまでは行かずとも始末書提出並びに減給は免れないかも知れません。(ああ、かわいそうに…)。店としては何とか客の怒りを鎮めるために、あの手この手の物品作戦に出るかも知れません。(もしかしたら、そのへんのことも、きちんとマニュアルで指示されているのでしょう。でも、「ハンバーガーに肉を入れ忘れた場合」まで想定してマニュアルが書かれているかどうかは疑問です。)やはり、笑い飛ばして、「ゴメン、ゴメン、悪かったね。」「まあ、いいんだよ。次から気をつけてね。」でおしまいになってしまうアメリカというのは、懐が深いというのか、余裕があるというのか、いい加減というのか。やはり、おおらかなのでしょうね。
 

我々にとっては 笑い事で済ませられるような出来事でありましたが、これが万一、ドライブスルーの客の身に起こったとしたら、もしかしたら笑い事では済まないかも知れません。「チーズバーガー」を買って、だいぶ走ってから「さあ、食べるか」と包みを解いた「チーズバーガー」の中に肉が入っていないことに気がついたら、きっとかなり腹が立つだろうと思います。ましてや、空腹ならなおさらです。もしも、そんなことになったら、もはや笑って済ませられる問題ではないでしょう。よほど虫の居所の悪い客だったら訴えてくるかも知れません。くれぐれも我々以外に被害者のいなかったことを祈るのみです。隣町ウッドサイドのマクドナルド、ノーザンブールバード店のためにも。

  2003年4月29日

アイバイクコ   


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