「ニューヨーク最新地下鉄事情」
 
  ニューヨーク では目下、11月の大統領選を前にブッシュ大統領再選を目指す共和党の党大会が開かれており、全米から党員は勿論のこと、反対派、デモ隊、全く関係のない観光客、単なるヒヤカシ、それに、警備に当たる警官や州兵、報道陣などが一挙に押し寄せ、おまけに、恒例の全米オープンテニスも同時に開幕したものだから、もう大変な騒ぎとなっています。主だった駅や空港の警備が厳しくなっているのは当然として、普通のオフィスビルはもとより、不特定多数の人々が出入りする建物などでも、入口でのセキュリティーチェックを受けなければならず、何とも鬱陶しいことです。そんな中、こうした状況を見越して、今週末に控えたレイバーデーの3連休にずれ込む形で早々と休暇に入った賢明なニューヨーカーも多いとみえ、今週に入ってからのラッシュ時の地下鉄はいずれも拍子抜けするくらいガラガラです。


一時期 に比べればはるかにマシになったニューヨークの地下鉄ですが、なにせ100年前に作られたシステムをそのまま騙し騙し使っているようなところがあって、さすがにあちこちにかなり不具合を生じています。しょっちゅう故障するし、車体の老朽化も進んで来ました。こんな状況を改善すべく市の交通局は莫大な予算を投入して新型車両の導入を進めたり、大々的に駅や線路の改修を行ったりしているのですが、いかんせん一筋縄ではいかないため、もう何年にも渡ってあちこちで工事を行ってはいるものの、果たして全部完了するまでにあと何年かかるものやら全く想像がつきません。その間、慢性的に電車は遅れ、スケジュールはしょっちゅう変わり、勝手に路線は変更され、駅の出入り口は閉鎖され、長いエスカレーターに限ってしばしば止まり、といった不便を我々はずっと強いられているのです。
 

先日、市内で 発行されているある新聞に、こうした地下鉄を揶揄するような面白いコラムが載っていました。題して「ビジターのための地下鉄ガイド」。明らかに共和党大会でニューヨークを訪れる人達を意識したものですが、ニューヨーカーが読めば、誰しもそれなりに身に憶えのあるようなことばかりなので、思わず笑ってしまいました。番号のついている部分がその抜粋抄訳です。

1. メトロカード(地下鉄、バスに共通のプリペイドカード)に金額を追加したい時は、駅のブースの中にいる親切そうな駅員の所に行きなさい。もっとも、駅員なら誰でもよいが。
 
2. もしくは、メトロカードの自動販売機を使いなさい。これはよく目立つ大変色鮮やかな機械で、クレジットカードも受け付けてくれる。但し、時として完全に労働拒否することもある。それと、緊急の時の救助はしてくれない。機械だから。
3. 一つの車両にほんの数人しか乗っていない時は、多分エアコンが壊れている。とにかく暑い。後ろの方で誰かパンでも焼いているんじゃないかと思うくらい。

確かに毎日必ずといっていいほど、どこかの路線で真夏の「暖房車」に遭遇します。この場合、その前後の車輌は当然のことながら異常に込み合っているので、遠い車輌への非難が必要です。外が暑い日、ようやく一息つけると思って乗り込んだ車輌にエアコンが効いていない時のショックたるや、ご想像いただけるでしょうか?
 
4. もし誰も乗っていない車輌があったら、多分、中に誰も目にしたくないか、匂いを嗅ぎたくない「何か」があると思って間違いない。乗り込むのなら自己責任でどうぞ。

これについては、我々も何年か前、大変辛い目に遭ったことがあります。大変すいていたのでラッキー!と無邪気に乗り込んだ途端に襲って来たいわく形容しがたい異臭。その元はと見ると、何やら大きくて黒っぽい「塊」が奥の方にうごめいています。ややあってそれが一人のホームレスであることに気づいた時は既に遅く、またこういう時に限って、隣の車輌に避難したくとも連結のドアがロックされており、もっと間の悪いことに急行なものだから次の駅までの距離が長いこと長いこと。次の駅に着いた途端に脱兎のごとく飛び出して隣の車輌に逃げ込んだのですが、事情を知る他の乗客の、口には出さねど「それ見たことか」とでも言いたげな視線を感じながら、思わず何も知らずにその駅から乗り込んでしまった気の毒な次の被害者の反応をロックされた連結のドア越しに眺めて楽しんでしまったのでした。
 
5. 電車に乗る時は必ず新聞でも本でも、政党の政策要綱でも何でもいいから、とにかく読むものを忘れないように。1980年代ほどひどくはないにしても、地下鉄がいつ、どれくらい遅れるかなんて誰にも予測できないのだから。

電車が遅れたり、故障で長時間立ち往生しても、イライラして当り散らすような人はここでは意外や少数派で、概して皆さん、辛抱強く、おとなしく、待ち続けています。まあ、いつものことだから、という諦めがあるみたいですが、確かに当り散らしたところで動かないものは動かないのです。本当に、読み物やウォークマンなど気を紛らわすものは必需品です。
6. 通りの名称によっては、同じ名前の駅名がいくつも存在するので要注意。例えば「14丁目」と書かれていたとしても、それがあなたの本当に目指す「14丁目」であるとは限らない。何しろ「14丁目」とつく駅だけで4つもある。まずは必ず地図で確認のこと。
 
7. もし、地下鉄のアナウンスが聞き取れなかったり、わからない時には周囲の人に聞いて回るとよい。恐らく誰もわかってはいないと思うけれど、少なくともニューヨーカーと知り合うよいきっかけにはなる。
 


ところで、上記のコラムに対して、読者から幾つかのフォローアップの投稿があったそうで、昨日付けの同じコラムの中に載せられていましたので、あわせてご紹介しましょう。
 


8. 駅の構内で演奏しているミュージシャンを聴いて回れば、わざわざブロードウェーのショーを見に行くまでもない。

交通局では、定期的に様々なジャンルのミュージシャンを募集してオーディションを行い、これに合格した人を「公認」の地下鉄エンターテイナーとして駅構内で演奏する場所を提供しています。乗降客の多い駅で演奏ができれば、当然実入りも多いということになるわけです。クラシックからジャズ、ポップス、ラテン、カントリーから各国の民族音楽まで、本当にバラエティーに富んでいます。勿論中には「もぐり」のミュージシャンも沢山いますが、公認、非公認を問わず、概して皆、レベルは高いと言えます。(まれに、演奏レベルはいずれにせよ、度胸レベルだけは誰よりも勝るといったつわものもいますが…)
 
9. 朝早い時間帯の電車に乗ってごらんなさい。車内で「改宗」させられるかも知れない。

地下鉄の車内には時々、大声を張り上げてお説教をしている「伝道師」まで乗り込んで来ます。他人が聞いていようといまいとお構いなく、とにかく大きな声と身振りで殆ど自己陶酔しながら「神の愛」や「救世主の再来」などについてとうとうと演説を続けるのです。殆どの乗客はその間居眠りを決め込むか(子守唄にはうるさすぎますが)、あきらめ顔で新聞を広げるか、はたまたその声以上に音量を上げたウォークマンで音楽に没頭するかして、伝道師が隣の車輌に移って行くまでじっと耐えるしかありません。(要するに誰もマトモに聞いてやしないってこと。)
 
10. 地下鉄の車内では、お菓子や乾電池から退屈しのぎのオモチャまで、それこそちょっと欲しいなと思うようなものは何でも買い揃えることができる。

実際、物売りはよく回って来ます。例えば、教育資金の寄付集めと称して子供達がチョコレートやキャンディーを売りに来たり(実は寄付なんていうのは真っ赤なウソだと、いつかTVのニュースですっぱ抜いていたけれど…)、ウォークマンの乾電池が切れかかったところにタイミングよく格安の乾電池を売る人が現れたり(私の見る限り、単三乾電池というのはニューヨークの地下鉄の車内販売売上げの多分No.1でしょう)、全品1ドル均一の、いかにも子供の目を引きそうな様々なオモチャを袋に一杯詰めて、デモンストレーションをしながら売り歩く中国人のおじさんやおばさんが回って来たり(彼らは一様に「ワンダラ、ワンダラ(One Dollar)」と声を上げながら回るので、私は密かに彼らを「ワンダラおじさん(おばさん)」と呼んでいます)といった具合で、地下鉄の車内というのは、商業市場としても重要な位置を占めているようです。(勿論いずれも不法ではありますが、姑息に点数を稼ぎたい警官以外は誰も目くじらなど立てません。)
 
 

かくのごとく、 ニューヨークの地下鉄というのは実に人間臭い乗り物であります。地下鉄に乗れば、この街の本当の姿を垣間見ることができる、と言っても過言ではないほどです。ニューヨークには本当に色々な人がいて、変な人達も沢山乗り込んで来ますが、ちょっとやそっとのことでは最早あまり驚くこともなくなりました。いまだに、地下鉄は怖いと敬遠する人もいるようですが、私自身はそんな地下鉄で繰り広げられる様々な人間模様を見物するのが大好きです。
 

  2004年9月1日

あいばいくこ   


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